空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その九
大地を吹き抜ける風。
蓮には大地の声に聞こえた。
生命の波動が満ちている。
生命が世界を創り上げている。
だが、その事実に気づく者は少ない。
「ここが…」
蝦夷と倭の戦い。
その大地に傷痕はもう無い。
戦の痕を見渡せる丘。
真魚がかつて戦を見た所だ。
「ここで蝦夷と倭は戦った…」
驚きを隠せない蓮に真魚が言った。
大地に残された傷痕に、新しい生命が生まれている。
「ここにいたんだ…」
緑の大地…ここに父がいた。
「真魚よ、あてはあるのか?」
嵐は子犬の姿に戻っていた。
「残された者達は山にいる」
真魚にはある程度の見当がついているようだ。
「山?」
蓮には意外な場所のようだ。
「田や畑ではないの」
蓮はそれしか道を知らない。
蓮には田畑以外の生きる道はない。
「貴族の奴らは見ているものが違う…」
真魚がつぶやいた。
「見ているもの…?」
蓮は考えた。
「この生命の輝きが奴らには見えぬ…」
大地から溢れる波動。
生命の輝き。
それは、この世の全てと言って良い。
「生命の輝き…」
蓮には何となく分かる。
作物に触れたときの感覚。
動物に触れたときの温もり。
「奴らはそれに触れることはない」
「感じる事もない…」
真魚は何かを見ている。
蓮は真魚の言葉をそう感じていた。
「米粒一つがどれだけの命を引き継ぎ、どれだけの光を纏っているか?」
真魚は蓮にそう聞き返した。
「ああ…」
大地が輝いた。
蓮はその瞬間、大地の生命を感じた。
「わからない…」
「俺には…わからない…」
蓮の声が震えている。
見つめた手が震えている。
その震えが止まらない。
「それがわかったと言うことだ」
真魚がそう言った。
触れていたのに…
感じていたのに…
気づかなかった。
分かると言うことは理屈ではない。
感動や悲しみに似ている。
「すごい…」
蓮の世界が変わった。
真魚の一言で世界が一変した。
「ま、子供にしては上出来だ…」
子犬の嵐が笑みを浮かべている。
「お主も子犬ではないか…」
大人も子供も関係ない。
真魚が嵐をからかった。
「俺は神だぞ!」
子犬の姿の嵐がそう言った。
「誰も信じないよ…」
蓮がそう言って笑っている。
「けど、俺は信じる」
蓮の波動が変わっていく。
その言葉の中には決意があった。
蓮の心の中に何かが生まれ始めていた。
続く…