空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その八
嵐が空を飛んでいる。
空と言っても雲の上だ。
時折見える地上が作り物であるかのようだ。
「怖く無いのか…」
真魚が笑っている。
「怖いけど楽しい」
蓮の身体が固まっている。
だが、それが正直な反応であろう。
「そんなに力を入れていては身体が保たんぞ」
嵐が蓮を気遣っている。
「どうして俺たちを助けてくれるの?」
その事が蓮には不思議でならない。
「面白いからだ」
真魚がそう答えた。
「面白い…?」
蓮にはその答えの意味すら分からない。
「そのうちに分かる」
真魚が笑っている。
「そうかなぁ…」
蓮の返事は半信半疑だ。
「蓮、雲はどこにある?」
真魚は蓮に聞いた。
「曇って近くで見ると雲じゃないんだ」
蓮がそう答えた。
「面白いことを言う…」
嵐が笑っている。
同じものでも近くで見るのと遠くとでは違う。
蓮はその事に気づいた。
「そういうことか…」
蓮はその真実に触れた。
今まで自分が見てきたものが実は違う。
蓮はそう思い始めた。
この先に何かある。
蓮はそれを確かめたくなった。
雨は既に止んでいる。
全ての穢れが流れ去ったようだ。
大気に残る雨の香り。
雲間から射す光がその香りを際立たせる。
「さて、では華よ…」
前鬼が華を誘った。
「なに、赤鬼さん?」
やはり華は前鬼のことを赤鬼さんと呼ぶことにしたようだ。
「黑に会わせてもらえぬか?」
前鬼は丁寧に華に言った。
「悪いことはしないでよ!」
華が前鬼に念を押す。
「見るだけじゃよ…」
「ならいいよ」
そう言って華と前鬼は家を出て行った。
「お主はまだ休んでいた方がいい」
後鬼が柊の身体を気遣っている。
「ありがとうございます」
「でも、もう大丈夫です」
柊は自分の身体に力が戻った事を感じている。
「まだわかっておらんようじゃな…」
後鬼はそう言って柊を睨んだ。
「えっ!」
その眼光に柊は一瞬怯えた。
「うちの理水を飲んでその程度じゃ」
「それがどういうことか分かっておらん…」
後鬼は柊を諭すように言った。
「鬼の薬の恐ろしさを、わかっておらんということじゃ…」
鬼からもらった薬。
後鬼はその薬を恐ろしいと言った。
「これは命の代わりに望みを叶える薬じゃ」
「えっ、では…」
「真魚殿が来なかったらお主は確実に死んでおった…」
「前にも言ったが、うちらは生死に関わってはならぬ…」
「それがどういうことか分かるか?」
後鬼は真魚が禁忌を犯したことをいっている。
「あの人…」
「そういうことじゃ…」
「ただの世話好きだが、それだけではないぞ…」
後鬼が真魚の行動をそう説明した。
「あの人にも何かあるの?」
柊は自らが招いた過ちを悔いた。
「本当に理水を飲まなければならないのは、真魚殿かも知れん…」
後鬼はそう言いながらも笑みを浮かべている。
横になった柊の身体を触って確認している。
「だが、それでいい」
「真魚殿が選んだのだ」
後鬼が言った。
「柊、見つけるのじゃぞ…」
後鬼は柊を見ながら笑みを浮かべた。
子供を寝かす母の微笑み。
柊が目を閉じた。
その言葉の意味を考えていた。
「それでいいのだ…」
後鬼は柊の腹に手を当てた。
「!」
一瞬、後鬼の眉間が動いた。
だが、柊にその表情は見えなかった。
柊はいつの間にか寝息を立てていた。
続く…