空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その三
母の意識はまだ戻らない。
それでも華は取り乱す事はなかった。
小さな子供である。
その事実は有り得ない。
予期したことが起こった。
華は予めこの事を知っていた。
それ以外には考えられない。
真魚が来て、母を助けることも分かっていたことになる。
「黑が言ったの…」
華が言った。
「華は知っていたのだな…全部…」
真魚が華の頭を撫でた。
その瞬間…
華の瞳から涙がこぼれ落ちた。
華の心が揺れている。
波動が乱れている。
真魚に包まれ張り詰めていた何かが切れた。
真魚は座って右の手を母の腹に当てている。
残った左の手で華を抱きしめた。
「黑と話せるようになったのも同じ頃か?」
華の耳元で真魚が言った。
華は小さいながらもその事実に向き合っていた。
例え、助かると分かっていても、その不安は華の心を締めつけていたのだ。
華は泣きながら頷いた。
母と子の想い。
真魚の手を通して繋がっている。
「あっ…」
華が声をあげた。
「わかるのか…これが?」
華の反応を真魚はそう受け取った。
母の中に潜むモノ。
それは華とも無縁ではない。
母が自らの意思で閉じ込めた。
その反動で母の身体が悲鳴を上げている。
しばらくすると蓮が牛小屋から帰って来た。
泣いている華を見て不安がよぎった。
「安心しろ、大丈夫だ」
嵐にしては珍しい。
人のことなど気にしない。
その嵐が蓮に声をかけた。
母の顔に安らぎが戻っていた。
幸せそうな寝顔であった。
倒れたときの険しい表情はそこにはない。
「だが、治った訳ではないぞ…」
嵐が蓮に言い聞かすように話す。
「真魚がとりあえず対処をしただけだ…」
「とりあえず…」
蓮がその言葉に囚われた。
子供でもそれくらいはわかる。
このままではいけない。
その言葉の裏に隠されている事実。
蓮は不安を感じていた。
華の心は母と繋がっていた。
母の中にあるモノを見ていた。
黒いモノがうごめいている。
華はそれを何処かで見たような気がした。
それが母の生命を食べている。
華はそう感じた。
気がつくと、目の前に金色の粉が舞っていた。
「きれい…」
華はそれを手の平で受けた。
身体はない。
心象が創り上げたものだ。
「温かい…」
華はそう感じた。
すると…
目の前の黒い塊が小さくなっていく。
「どうしたの?」
華は小さくなる黒い塊を哀れんだ。
それが、母を蝕む原因。
そうだったとしてもその気持ちは変わらなかった。
「なるほどな…」
真魚の声がした。
「おじちゃん…いるの…」
華はその声に包まれていた。
「見ている…」
真魚はそう答えた。
気がつくと黒い塊は米粒の様に小さくなっていた。
続く…