空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その二
「では、黑の力を借りるか…」
真魚が態とそう言ったように聞こえた。
母を抱き上げ牛の背中に乗せた。
「坊主、家まで行くぞ!」
真魚が兄である男の子にそう言った。
「坊主じゃない、俺は蓮だ!」
子供扱いにされて兄の蓮が機嫌を損ねたようだ。
「では、蓮、家まで急いでくれ」
真魚が連を見て言い直した。
「わかった…」
連は真魚の眼差しに照れながら牛を引き始めた。
「ねえ、お名前は?」
華が子犬に話しかけている。
「嵐って言うの?」
華が有り得ない言葉を言った。
「神の声が聞けるのか?」
子犬がそう言った。
「い、犬が喋った!」
蓮が驚いている。
だが、華は平然としている。
それよりもこの犬と話ができることを楽しんでいる。
「犬ではない、俺は神だ!」
嵐が言った。
「か、神様~!」
蓮の驚きようは半端ではない。
「そうよね~神様よね~」
華が兄の蓮に悪態をついている。
「華の言っている事は…全部本当だったのか!」
蓮がその事実に気づかされた。
同時に起こる偶然はない。
神の声を聞く華と、神だと言う犬。
もう疑う余地はない。
「俺は真魚だ、その子犬は嵐だ」
真魚が珍しく自分から名乗った。
「黑の声も…本当?」
「そう言うことになるな…」
連の疑問に真魚が答えた。
「不思議な事が起こるのは華のせいか…」
蓮は身の回りで起こる不思議な出来事を思い返していた。
「そうとは限らんぞ」
子犬の嵐が言った。
「この子は声が聞こえるだけだ」
真魚がそう説明する。
「いつからだ…聞こえるようになったのは…」
真魚が華に聞いた。
「父ちゃんが行ってから…」
華はそう答えた。
「父はどこに行ったのだ?」
真魚が蓮に視線を向ける。
「戦だ、蝦夷との…」
蓮がその事実を答えた。
「いたのか…あそこに…」
真魚はその戦いを知っている。
勿論、どうなったのかも知っている。
「帰って来ないのか?」
真魚が蓮に聞いた。
「まだ…」
蓮が言葉に詰まる。
ここにも悲しみがある。
庶民にとって戦の勝ち負けは関係ない。
朝廷が勝手に始めた戦だ。
その戦に巻き込まれ、失われていく。
大切なものが消えていく。
「あそこだ!」
蓮が指を指した。
板を張り付けただけの粗末な家があった。
それが蓮と華の家だ。
真魚は母を抱き抱え家に入った。
そして、藁の筵の上に母を寝かせた。
「真魚、大丈夫なのか?」
子犬の嵐が気にしている。
「今のところは大丈夫だ…」
真魚はそう答えた。
「だが、やらねばならぬ事がある」
真魚は母の中の何かに、語りかけるように言った。
続く…