空の宇珠 海の渦 第五話 その四
嵐が飛んでいる。
本来の姿に戻った嵐が飛んでいる。
その速度は風よりも速い。
だが、それは真魚が乗っているからであり、本気ではない。
真魚はその嵐の背中で考えていた。
これから起ころうとしている事を…
蝦夷の戦いの事を…
争いからは何も生まれない。
憎しみの連鎖が始まるだけだ。
そこに光はない。
人は得体の知れないものを拒む。
理解出来ないものを排除する。
それは何故か?
異質なものを受け入れること…
それは変化を意味している。
権力に縛られた者は変化を嫌う。
変化は時として、自らの死を招く可能性があるからだ。
「蝦夷か…」
真魚はまだ見たことがなかった。
その生活に触れてみたい。
この目で確かめてみたい。
嵐の背中で真魚はそう考えていた。
「なあ、真魚よ、どうして奴らを放っておくのじゃ」
嵐が飛びながら、背中の真魚に聞いた。
「蝦夷を見ておきたい…」
真魚の答えは簡潔だ。
「田村麻呂という男のことはもういいのか?」
「忠告はしておいた、道中で何か起こると言うことはなかろう」
気にはなっている。
しかし、真魚はあの男を信頼していた。
「田村麻呂は悪い奴ではないからな…」
嵐もその事は理解していた。
「それよりも、あの男が何を畏れているのかを知りたい…」
真魚は全てを見抜いている。
「帝か…全ての元凶はそこだな…」
嵐が言った。
「今のは青嵐か?」
真魚が探りを入れる。
「たまには俺も思いつくものだ」
嵐はそう言ったが怪しいものだ。
嵐と青嵐が融合したおかげで、今は意識も二つあるように感じる。
嵐もそのように感じている。
しかし、いつかは二人の意識が一つになるときが来るであろう。
真魚はそう感じていた。
「まあよい、どちらにしても嵐は進化したと言うことだ」
「進化か!」
嵐は自分が少し偉くなった様な気がした。
しかし、それは青嵐のおかげで有り、
嵐自体は何も寄与していないことに気づいていなかった。
「この辺りで一度降りる…」
真魚が嵐に言った。
「蝦夷の国はもっと先ではないのか?」
嵐が真魚に念を押す。
「この辺りから行く」
「分かった」
そう言うと嵐は少しずつ地上に近づいて行った。
「爺さん、ちょっと待ってくれんかのぉ!」
後鬼が前鬼の後を一生懸命に追いかけていた。
木の上を枝を巧みに利用して、飛びながら前に進んでいる。
人が全力で走るよりも遙かに速い。
「そんなに急ぐこともなかろうに」
後鬼は弱音を吐いている。
「媼さんもあれを見たであろう」
振り向きざまに前鬼が言う。
だが足は止めない。
「真魚殿がおるではないか」
後鬼は真魚を頼りにしている。
「真魚殿にも、出来ることと出来ないことがある」
前鬼が言う。
「じゃが、うちらに何が出来る!」
後鬼は疲れが限界に来ていた。
「儂らが動けば、少しは真魚殿の負担も減るではないか」
前鬼は真魚を心配している。
「無茶ばかりするからなぁ…」
後鬼も真魚のことを心配していた。
「余計なところまで、小角様にそっくりじゃ…」
後鬼はそう言いながらも跳び続けていた。
「おや!あれは!」
「ほに!あれは!」
前鬼と後鬼は同じものに気がついた。
空から一筋の光が降りてきた。
「まさか!」
「まさか!」
その光は、前鬼と後鬼が進むべき方向に降りていった。
「結局はそうなるのか?」
前鬼はその光を見ていった。
「そうなるのかのう」
後鬼はその光に安堵していた。
続く…