空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その二十三
三笠山の頂上であった。
月明かりが古い都を照らしている。
真魚はその月を見ていた。
「美しい月だ…」
真魚がつぶやいた。
「哀しい月でもありますな…」
その横で前鬼がつぶやいた。
仲成の屋敷で一仕事終えた。
あとは嵐の仕事だ。
「哀しいから、美しいのかも知れませぬな…」
紗那と東子の最後の夜。
後鬼がその儚さをそう例えた。
「嵐も変わりましたなぁ」
前鬼が笑っている。
「そうだ!」
後鬼は笈の中から水瓶と器を取り出した。
「媼さん、ここで宴会でもするつもりか?」
「うちの新作じゃ!」
後鬼は自慢げに水瓶の中身を器に注いだ。
「なんだ、酒ではないのか?」
酒の臭いがしない。
前鬼が残念そうな顔をしている。
「あんたは何も分かっておらん!」
後鬼は前鬼をそう言って窘めた。
「ほれ、一口飲んでみなされ」
そう言って後鬼が器の飲み物を前鬼に手渡す。
「真魚殿もどうぞ…」
真魚の前には丁寧に器を置いた。
「お、お~」
前鬼が叫び声を上げた。
「酒など及びもせぬであろうが…?」
その言葉の中に、後鬼の自信がみなぎっている。
「生憎、肴はこれしか有りませぬが…」
そう言って一つの饅頭を取り出した。
「一つだけか?」
前鬼がまた残念そうである。
「これはこうして…」
一つしかない饅頭を後鬼は三つに分けた。
それを紙で包んで二人に渡した。
「おっ、この饅頭もうまい!」
前鬼が感動している。
「これも自信作じゃ…」
「美味しい飲み物と饅頭、そして美しい月…」
全てが味に花を添える。
後鬼がそう言っている。
「奪い合うより、分け合うことだ…」
「そうすることで味はまた深まる…」
真魚が言った。
「確かにそうですな…」
前鬼が反省している。
「儂の腕を疑うからじゃ」
後鬼が笑っている。
「同じ月でも、見るものによって違う…」
「美しさを決めるのは目ではない、その心だ…」
真魚はそう言って飲み物を口に含んだ。
「分け合って食べる方が美味しい…」
「それは想いも同じか…」
後鬼がそうつぶやいた。
紗那と東子のことを見ている。
「嵐が後で悔しがるぞ…」
真魚が器の飲み物を飲んでつぶやいた。
「奴は別の意味でお腹いっぱいかも知れぬぞ!」
前鬼が嵐の波動を追っている。
「嵐の心、二人にどう届くか…」
後鬼がその心を感じている。
空に輝く一筋の光。
その全てを月の光が優しく包み込んでいた。
続く…