空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十八
寝殿の奥には仲成、その前に真魚が座っている。
真魚の両側に付き人が座っていた。
右に二人。
左には若い付き人が座った
口外はするなと言った。
だが、どこまで話せば良いのか仲成は悩んでいた。
得体の知れぬ男。
「ところでお主、名は何というのだ?」
その名を聞くのも忘れていた。
「佐伯真魚だ」
「佐伯氏…」
仲成は真魚の答えに疑問を感じていた。
「そうは見えぬが…」
薄汚れた着物。
無造作に束ねた髪。
到底貴族の出とは思えない。
「俺のことはいい…やらねばならぬことが有るはずだ…」
真魚は仲成を見た。
「そうであった…」
仲成はその言葉に誘導された。
仲成は拳に顎を乗せて考え込んでいた。
「一つ聞いても良いか」
仲成は話をそう切り出した。
「死んだ者が鬼になることはあるのか?」
「鬼は鬼だと思うが…」
仲成の問いに真魚はそう答えた。
「そう言うことがあったと言うなら、話は別ですが…」
真魚は逆に問い返した。
仲成は鬼そのものを見ていない。
仲成は付き人の一人に目で合図した。
「そこの者が見たと言うのでな…」
仲成は、話を合わせろと言っているようだ。
「私は見たのですが、鬼のような顔をしていただけで…」
「屍が動いた…?」
真魚は付き人から何かを引き出そうとしている。
「屍の筈です…」
「筈と言うのは、確認していないということでしょうか?」
今度は付き人が仲成を見ている。
付き人はこの事実を知らない。
紗那を切ったのは仲成だからだ。
「夜まで動かなかったのだ」
仲成はその事実を口にした。
「生きていたということですな…」
真魚がそう言って仲成を見た。
若い付き人は真魚の意図を感じ取っていた。
この事実は仲成にとっての弱みだ。
もしも、仲成自身が殺めたとなると、それは強固なものになる。
その場に自分がいる。
切り札を手に入れたようなものだ。
「見た場所はどこでしょうか?」
真魚はそれを事実として話を進めた。
勿論、真魚は全てを把握している。
「三笠山の森だ」
仲成が観念して事実を言った。
「ほう…神の山ですな…」
「神聖な神の山で、鬼が出るなど聞いた事もありませぬ…」
真魚はそう言って笑みを浮かべた。
「なんぞ、神の山を穢すような事を…」
そして、笑みを浮かべたまま仲成を見た。
「そ、それは…言えぬ…」
仲成は口を噤んだ。
「どちらにせよ、三笠山の神を鎮めれば良いということですな」
「そうすれば祟りもない!」
真魚はそう言うと立ち上がった。
「そ、そうだな、そう言うことだ」
仲成は真魚のその言葉に縛られた。
『そうすれば祟りはなくなる』のだと思い込んだ。
だが、それで事実は認めたことにもなる。
人が祟るほどの状態にして放置したのだ。
若い付き人が笑みを浮かべている。
真魚がそれを見逃すはずはなかった。
「人をお借りしたい…」
真魚がそう言って若い付き人と目を合わせた。
「一人でいい…」
「良いか…」
仲成に聞いた。
「どこにでも連れて行け」
仲成は憑きものが落ちたような顔をしている。
無いものをあると思い込み、自らが呪いをかけたのだ。
真魚の仕事はここで終わりだ。
あとは見せかけの事実を見せるだけだ。
「行くぞ」
真魚がそう言って若い付き人を誘う。
「はい」
真魚達の前に、雲間から光が射しこんできた。
続く…