空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十七
真魚の波動はどんどん広がっていく。
「こんな…ことが…」
若い付き人の男は驚きを隠せない。
風が吹いた。
その風で真魚は目を開けた。
「来るぞ!」
真魚がそう言った。
ぽつり…
若い付き人の額に冷たいものが触れた。
ぽつり…
ぽつり…
雨であった。
「軒下で良い、雨宿りをさせてもらえぬか…」
真魚が仲成に向かってそう言った。
仲成は呆気にとられていた。
仲成が真魚の言葉に気がついた時には、雨脚は強くなっていた。
「ここから入るが良い…」
主人の許可が出た。
仲成が座っていた階段を登った。
真魚は寝殿の縁に腰を下ろした。
「話を聞かせてもらえぬか…」
真魚は仲成にそう言った。
「誰にも口外せぬならな…」
そういう仲成の口元には笑みが浮かんでいた。
「あら…雨…?」
空が曇っていたとは言え、急に雨が降り出した。
「また小手先の術を使いおって…」
嵐が真魚を見て呆れている。
「術…」
東子は視線の先の男に吸い寄せられた。
「あの方は陰陽師か何か…」
東子は真魚に興味を持った。
「お主は好奇心が強いな…」
嵐は東子の揺れ動く心が気になった。
「あの男はその辺の陰陽師とは違うぞ…」
嵐が東子の波動を探る。
「でも、この雨は…」
「俺は桁が違うと言ったのだ…」
「雨を降らすなど、その気になれば誰でもできる…」
嵐が笑っている。
「ひょっとして、あの方は…」
東子は頭の回転が速い。
「お主の祈りを聞いた男だ…」
嵐はその事実を東子に告げた。
「私の…祈り…」
東子はその事を思い出していた。
「では!」
東子はその不安を思い出した。
「全て現実となった…」
東子の不安は何一つ外れてはいなかった。
嵐は東子に残酷な事実を告げた。
「紗那は生きているのよね!」
東子が気になっているのはその事だけだ。
「生きているから俺が来ているのであろう?」
もし紗那が死んでいればその事実関係が分からない。
嵐がここに来ることはない。
「よかった…」
東子の波動が変わった。
東子は降り続く雨空を見て言った。
「面白い奴だ…」
嵐は東子に興味を持った。
「お主、昔からそうなのか…」
嵐が東子に聞いた。
「何の事?」
その質問の意味が東子には分からなかった。
「直ぐに答え捜しをすることだ…」
「答え捜し…?」
嵐のその言葉が気になった。
「そうかも知れないわ…」
東子は自分の中にその答えを見ていた。
小さい頃に父の種継は暗殺された。
残された兄たちに振り回されてきた。
兄たちの言うことは絶対であった。
『これはこうなんだ…こういうことなんだ…』
自分に言い聞かせる様に、答えを探していた。
「自然とそうしてきた…」
不条理を受け入れるために、自分を曲げてきた。
「その反動が紗那と言うわけか…」
嵐が態とそういう言い方をした。
「最初はそうだったのかも知れない…」
東子はその事実に向き合っている。
「だけど、今は違う!」
東子の想いが揺れている。
その波動を嵐は感じている。
「心は男と女…」
東子は泣いていた。
「それが、だめなの?…いけない事なの?…」
その不条理の答えは見つからない。
「答えを急ぐな…」
嵐にしては気のきいた言葉だ。
「真魚に任せておけ…」
「真魚…って言うの…」
「祈りを聞いてくれた…あの御方は…」
涙を拭いながら、東子は寝殿の男を見つめていた。
続く…