空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十四
突風が吹いた。
その風の勢いで廻りの木が揺れる。
「神の山で人を殺めるとはどういうことだ!」
木の上に人の形をした巨大な影が見えた。
「あ、あ、あ…」
二人の付き人が腰を抜かしたままだ。
「仲成…そこにいるのだろう…」
その影はそう言った。
態とそう言って仲成の心を縛り付ける。
若い付き人だけは平然とその状況を受け入れている。
「あなた様はどなたでござりますか?」
その男が畏れもせず、影に向かって言った。
「三笠山の神じゃ…」
その影の答えに若い男は笑みを浮かべた。
この状況で、恐怖以外に笑えるものはそういない。
「三笠山の神といいますと、建御雷神でござりますか?」
その男は影に向かってに再び尋ねた。
「藤原の一族が勧請した神を忘れたのか!」
神というその影は声を荒げた。
「滅相もございません…」
若い付き人は素直に非礼を詫びた。
だが、闇に紛れたその口元は、かすかに笑みを浮かべていた。
「何があったのでございましょう?」
若い付き人の男が話を蒸し返した。
この言葉でその神は気づいた。
「お主は知らぬようだが、そこの仲成が人を殺めおった…」
「しかも、その穢れた血で…」
「自らの一族が勧請した神の山を穢しおった…」
その神は、態と仲成に聞こえるように言った。
神が『殺めた』と言ったのだ。
紗那の生を信じる者はもういない。
「その者は鬼となって、そこの仲成に付きまとうであろう…」
仲成は牛車の中で恐れ戦いて動けない。
神の言葉が仲成を脅迫している。
仲成にとっては、言葉そのものが祟りなのだ。
だが、若い男にはその言葉が、何かを誘導しているように聞こえた。
「どうすればその鬼から仲成様を救えますか?」
若い男はその意を利用した。
言葉の中に『仲成様』という名を入れた。
これで、どうすれば良いかは仲成だけのものになる。
逆に考えると、仲成が『そうしなければいけない』と思い込む。
次から言うことは全て、仲成が行わなくてはならなくなる。
「このことは誰にも言うな、言えば災いが起こる…」
「分かりました、その通りにいたします」
若い男は素直に返事をした。
「それと、近いうちにある者を向かわせる…」
「仲成様のお屋敷にでしょうか?」
「そうだ、その者は黒い棒を持っておる…」
「黒い棒…ですか…」
若い男は何故かその言葉に惹かれた。
「その者が道を拓く…」
その神はそう言う言い方をした。
「道を拓く…」
若い男はその神の言葉に不思議な感覚を覚えた。
「道を…開く…」
若い男は自らの心に問いかけていた。
神の言葉が引っ掛かっていた。
「お主もその者に逢うが良い…」
「私もですか?」
その声を聴いて顔を上げた時、神の影はそこには存在しなかった。
「なんだったのだ…」
若い付き人は自らの心に向き合っていた。
真魚はそのやりとりを隠れて見ていた。
真魚の側に嵐と紗那もいる。
「ほう…なかなかできる…」
珍しく真魚が感心している。
「お主が人を褒めることなどあったのだな…」
嵐が真魚をからかって遊んでいる。
「仲成殿の付き人の様だが…」
紗那にもその男の記憶は無い。
そこに役目を終えた前鬼と後鬼が現れた。
「面白い男がいるものですな…」
前鬼が真魚に言った。
「神を畏れも見せず…見抜いてもおった」
後鬼がその才を見抜いている。
「そう言うお主らも気づいておったではないか?」
嵐が二人をからかっている
「貴族の中で…腐らぬうちにどうにかせぬとな…」
真魚がそう言って笑みを浮かべていた。
続く…