空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十三
後鬼は拍子抜けをしていた。
「あらら…」
あまりにも早い決着。
そして、その逃げ足を笑うしかなかった。
それは隠れて見ていた皆が思ったことであろう。
「これからだと言うのにのう…」
まだまだ後鬼は驚かす気でいたのだ。
「紗那を傷つけた分くらいは驚かしてやらんとなぁ…」
後鬼は残念な様子だ。
「あれだけ驚けば言うことはあるまい」
効果はある。
前鬼が笑ってそう言っている。
「迫真の演技だったなぁ」
「鬼気迫るというか…なんというか…」
嵐がそう言って後鬼をからかっている。
「鬼に向かって鬼だと…」
「そう言いたいのか…?」
後鬼は嵐のその言葉に恐ろしい笑みを返す。
「本当の事だから仕方あるまい…」
前鬼がその中に割って入る。
「後鬼、少しもの足りぬのではないか?」
真魚がそう言って笑みを浮かべている。
「今のままでは紗那が鬼になった事になる…」
前鬼がその事実を理解している。
「そうなると一つ、困った事がある…」
真魚が言った。
「東子か…」
紗那が気がついた。
「兄が愛しき者に手をかけるなど、不憫な話だからな…」
嵐が東子の心を哀れんでいる。
しかも、その者が恨みで鬼になったのだ。
別の未来ではそう言うことになっている。
「何か俺に出来る事はないのか!」
紗那が東子を心配している。
「俺に一つ考えがある…」
真魚がそう言って笑った。
息も絶え絶えになりながら、牛車の所まできた。
「いかがなされたので!」
牛車の番をしていた付き人が三人の姿を見て驚いている。
その言葉遣いからその男は若いことが窺える。
「は、早く仲成様を…」
息を切らせながら仲成を牛車の中に押し込んだ。
「急げ!」
「何かあったのですか?」
「とにかく急げ!それからでも話は出来る…」
髭を生やした男が急かした。
「分かりました!」
若い男が手綱を持って牛車を走らせた。
その横を駆け足で三人がついて行く。
「鬼だ、鬼が出たのだ…」
「お、鬼ですと!」
若い男が驚いている。
「これは祟りだ…」
「祟り…」
どうやら若い男は事の次第を知らないようだ。
仲成は牛車の中で刀の柄を握って震えていた。
本当の鬼に出会うのはこれが初めてだった。
辺りの様子を伺いながら三人は牛車を走らせた。
灯りがそれぞれの手にある。
合わせて三つ。
その灯りが牛車を囲んでいる。
「ここまで来れば…安心か…」
見慣れた建物が見えている。
はぁ、はぁ…
息が切れている。
森の中から走り通した。
疲れもあって速度を落とした。
その時であった。
灯りが三人の手から一度に落ちた。
「あ!」
落ちたと思った灯りがない。
かすかに月明かりがそれを伝えている。
ばさっ!
空を大きな黒い影が飛んだ。
「ひぃぃぃっ」
鬼を見た二人の男は腰を抜かした。
若い男だけが平然と立っていた。
続く…