空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十
後鬼が嵐の姿を追いながら紗那の着物を畳んでいた。
「やれやれ…」
「真魚殿も真魚殿だが、嵐も嵐じゃな…」
前鬼は少し呆れている。
「葉月のことがあったからな…」
後鬼は真魚の心をそう捉えている。
「自由に生きられぬのは辛い事じゃ…」
前鬼が紗那の心を哀れんでいる。
「葉月も紗那も貴族の娘…」
後鬼も同じ思いであった。
「元々、幸せの形などない…」
「だが、それを求めるのも人というものじゃ…」
前鬼は心の仕組みを哀れんでいた。
好きという感情は見返りを求めない。
だが、お互いの気持ちが重なると、人は見返りを求めるようになる。
言葉であったり、物であったり。
離れたものは引きあおうとする。
だが、一度結びついたものは、離れようとするのだ。
どちらかの力が弱まることで、その現象は起きる。
つなぎ止めるものを人は求める。
だが、全ては変わり続ける。
幸せという幻想を抱き、相手を縛ることになる。
全ては幻想だ。
人はこの幻想に支配される。
幸せを感じる時、心がときめく。
不幸に向かう時、心がざわつく。
だが、抱いた幸せも不幸も、自らが創り出した幻想に過ぎない。
幸せになりたいと思った瞬間、不幸せな自分が生まれる。
この世は二極。
この理は誰にも崩せない。
全ては、こうありたいと願い、自らが創り出した幻想なのだ。
その幻想で感動の涙を流し、苦しみ、人を殺めたりする。
だが、そこに生きている意味が存在する。
その幻想の奥に、真実が隠されている。
全てのことはそのためにある。
だが、そこに気づく人は少ない。
「一つの身体に二つの心…」
「だが、葉月は最後に笑っていた…」
前鬼はその笑顔を思い出していた。
「幸せそうな笑顔であった…」
後鬼は葉月の想いを感じている。
葉月は最後に幸せを見つけた。
そして、そのまま息を引き取った。
「男の心に女の身体か…」
「さて…紗那が何を見つけてくるか…」
後鬼は木漏れ日を見いてた。
その先に紗那の波動を感じていた。
「嵐、お主はやはり神だ!」
紗那は真魚の前で感動していた。
落ちれば確実に命を落とす。
だが、畏れはない。
「倭の国が小さくなる」
雲を抜けた。
「これが…大地か…」
「丸いのか…」
「しかも、大きい…」
その驚きは紗那の概念を変える。
「あの小さき国に囚われているのが、今の帝だ…」
真魚がそう言った。
「…」
紗那は言葉が出ない。
その事実は紗那の全てを替えていく。
心という仕組みが、その事実によって組変わる。
自分の考えなど遠く及ばない事実がそこに存在した。
「お主は自らの力で宝蔵の鍵を開いた…」
「それは誰にでも出来る事ではない…」
真魚が紗那にそう言った。
「俺が…」
その事実に紗那はまだ気づいていない。
「男の心に女の身体…」
「お主にしか創造出来ない世界がある…」
「俺にしか…出来ない事…」
真魚の言葉が紗那に染みこんでくる。
その言葉が紗那の心を覆っていく。
「己の輝きを探せ!」
真魚の言葉が紗那の心を発動させる。
「俺の…輝き…」
紗那は目を閉じた。
「これは…」
「ほ、星が輝いている…」
「す、すごい…」
紗那は驚いた。
「それが本当の姿だ」
真魚のその言葉が紗那を揺らす。
その揺らぎが始まりであった。
「命は輝かねばならぬ」
真魚が紗那にそう言った。
続く…