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空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その八






青い空が羨ましく思えた。

 



自らの心とは裏腹。

 



その空の青さが心に染みる。

 



だが、その青さは直ぐに黒い感情へと変わって行く。

 


「紗那…」




挿絵(By みてみん)




釣殿の縁に立ち庭の池を見ている。

 


池の水面には空の青が映っている。

 


その池の中に魚が泳いでいた。

 


魚は水の中でしか生きては行けない。




どんなに美しい空が見えても、空には行けない。

 


ただ、水の中から空を見ているだけだ。

 


時折そこから飛び出しても、一瞬でその世界に引き戻されてしまう。

 



「私も…同じ…」



東子は崩れそうになる心を懸命に支えていた。

 



嫌な予感がする。

 


兄の姿が見えない。

 



兄の仲成に全てを打ち明けた。

 


兄は紗那のことを女として見ている。

 



だが、東子にとってそれは関係ない。

 



男でも女でも関係が無い。

 


ただ紗那といたいだけだ。

 


一緒にいる時間だけが、東子の全てなのだ。

 



だが、兄の仲成は違う。

 


欲しいものは力で奪う。

 



紗那がもし、兄の言うことを聴かなかったら…




東子のその不安が未来を創造していく。

 



「紗那…私の紗那…私の愛しき人…」



東子は青い空に向かって祈った。

 



「どうか…命だけは…」




生きていて欲しい。

 


それだけを願った。



 

そのためならこの身を帝に捧げても良い。


 


そう願った。


 


もう会えなくても、生きていてくれさえすればいい。

 



東子は青い空にその想いを込めた。










牛車の車輪の音が耳障りであった。

 


その牛車の中で仲成は唇を噛みしめていた。

 



「あれは、誰だ…」



人気の無い森にわざわざ誘い込んだ。


 


どんな手を使っても、従わせるつもりであった。

 


紗那を自分の女にし、東子を後宮に送る。

 


それが全ての目的であった。

 


だが、女である筈の紗那に、東子を奪われるとは夢にも思っていなかった。 



その事実に驚きはしたが、考えが変わった。

 



仲成の中の黒いものが動き出した。

 



紗那は女だ。


 

その事実からは逃れようがない。

 



「もう少しであったものを…」

 


嫌がる者を従わせる。


 


これほど甘美な感覚はない。

 


しかも、それが女となるとその味は格別だ。

 


そして、紗那の身体は女でも心は男だ。

 


しかも、妹の東子を好いている。


 


嫌がることは百も承知だ。

 



だが、その嫌がる女を自らの元に跪かせる。

 



これほどの快楽はない。

 



仲成の中の黒いものが、それを求めていた。


 


だが、邪魔が入った。


 

しかも、その者に怯えた。

 



理由は分からない。

 



自分の中のものが怯えたのだ。 




自らの快楽を生み出す黒い塊。


 


それに動かされ取った行動が、逃げると言うことだったのだ。

 



「何なのだ…あの感覚…」




気がつくと、噛みしめた唇から血が流れていた。

 



その着物の袖を汚している。


 

懐紙を出そうとしたとき気がついた。



 

「俺は…震えているのか…」




手が震えて取り出せない。


 


「俺が怯えているのか…」

 



仲成は更に強く唇を噛んだ。


 

握りしめた拳の甲で流れ落ちる血を拭った。



 

「何故だ…俺は藤原仲成だぞ!」




その理由は、中に潜む黒いものだけが知っていた。





挿絵(By みてみん)





続く…









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