空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その七
「どうだ!一度、死んでみるか…」
真魚があっさりとそう言った。
「簡単に言うなぁ…」
残された思いが紗那の心を揺さぶっている。
「俺の命だぞ…」
紗那は真魚の言葉に揺れている。
「本当に命は取らぬ…」
真魚が笑っている。
「では、こう言うか…」
「生まれ変わってみるか…」
真魚はそう言い替えた。
「生まれ変わる…」
本質は変わらない。
言葉が変わっただけだ。
だが、その言葉が紗那の心に染みこんでいく。
「生まれ変わる…そうか…」
「もう姫には会えぬのだな…」
紗那が想いを募らせている。
「会えないと思うと、会いたくなるものだな…」
紗那は姫の姿を想い浮かべていた。
「それはお主が選ぶ事だ」
真魚は紗那に言った。
「生きて行こうと思えばどこでも生きて行ける…」
「家などと言う柵を捨てれば済むことだ…」
紗那は真魚のその言葉を噛みしめている。
家という柵がなければ、二人で生きて行けたかも知れない。
だがあったとしても捨てれば済むことだ。
だが、出来ない。
その柵の中で生きているものが大勢いる。
「全てのあるものは自分が認めてきたものだ」
「それを捨て去ればいい…」
「そうすれば、生まれ変わることが出来る…」
「あるかなしかは自分が決める事だ…」
言葉が染みこんでくる。
紗那の心に染み渡っていく。
「この国の仕組みが人を生きにくくしている…」
前鬼がその元凶を示す。
「何もかも倭が勝手に作り上げたものだ…」
後鬼はこの国の過去を見てきた。
「大昔、この国はもっと豊かであった…」
「言っておくが、ものではないぞ」
「こころか…」
前鬼の言葉の意味を紗那も感じ始めている。
「そうか…」
紗那は思い出していた。
身体に纏わり付く光の粒…
「あれは純真な心なのか…」
「穢れ無き無垢な心…」
「待てよ…」
「あれが…魂…なのか…」
「だとすると心は何だ…」
突然、紗那の思考の中に飛び込んでくる意思。
あの時感じたものが、紗那の中で今、動き始めた。
紗那の瞳に涙が溢れている。
「どうして…俺は…泣いている…」
思考と心が一体化している。
陰と陽の渦が生み出す波動。
「何故、涙が止まらない…」
紗那はその理由が知りたくて堪らない。
「それが生きている意味だ…」
真魚が言った。
心が震えている。
自ら生み出した光の渦が、自分を飲み込もうとしている。
手が震えて涙が止まらない。
「俺は…感動しているのか…」
紗那が泣きながら震える両手を見つめている。
「紗那、見てみろ…」
真魚のその言葉で紗那が顔を上げた。
光の渦の中に幾つもの光の玉が揺れていた。
紗那の波動を受け取っている。
紗那にはそれが何であるかがわかる。
「そうだったのか…」
「そうだったのだな…」
紗那は自分に確認するようにそう言った。
「心の扉を開く鍵…」
後鬼がそうつぶやいた。
「俺には必要ない…」
嵐がそう言った。
「だが、人には誰にでもある」
前鬼が笑っている。
紗那はその光の鍵を、両手の中に握りしめていた。
そして、それを抱きしめた。
愛しき我が子のようにその胸に抱いた。
光の玉はやさしくそれを見守っていた。
時が流れた。
そう感じただけなのかも知れなかった。
気がつくと光は消えて見えなくなっていた。
続く…