空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その三
光が溢れている。
光の粒が舞っている。
無数の光の粒が溢れている。
瞬きながら降ってくる。
「何だ…これは…」
女はその心地よさに身を任せていた。
光が身体に纏わり付いてくる。
「温かい…」
身体が溶けそうだ。
女はその心地よさを覚えている。
「身体をすり抜けている…」
身体の中を入ったり抜けたりしている。
その身体は女の身体だ。
「俺は、女ではない!」
女は女であるその身体を否定した。
「え、何?」
光が何かを言っている。
言葉ではない。
女であるその身体をすり抜ける度に何かを感じる。
『ありのままの…姿…』
女にはそう聞こえた。
それを感じた瞬間、身体が消えた。
同じ光の粒に変わった。
今は光の粒の集まりであった。
「これが…」
女は感動に溢れていた。
「これが…本当の…」
女でも男でもない。
ただ光だけが存在していた。
「本当の姿…」
感動だけが包み込んでいた。
うれしかった。
女でも男でもない。
その事実がうれしかった。
感動の波動が光の中を伝わっていく。
その波動に光の粒が反応している。
喜んでいる…
「このままでいい…」
そう感じた。
だが、次に気づいた時には女の身体に戻っていた。
「これは…」
「夢か…」
「夢なら…」
女は目を開けた。
女が目を開けたとき真魚が女の傷口に手を当てていた。
上半身が裸のまま真魚の手が胸に乗っている。
「何をするんだ!」
女は真魚の手を払いのけて飛び起きた。
胸元を手で隠している。
その仕草は女のものだ。
「それだけ動ければ問題ない」
真魚が笑みを浮かべた。
その言葉を聞いて女がある事実に気がついた。
「お、俺は生きているのか…」
身体をあちこち触っている。
二つの乳房が露わになる。
もうその事は気にしていない。
仕草は完全に男だ。
「傷が消えかかっている…」
有り得ない。
確かに切られたのだ。
その痛みも覚えている。
だが、その傷痕は既に塞がっている。
「これを着ておけ…」
真魚が見かねて女に着物を投げた。
「少し大きいが、そのままではどこにも行けぬであろう…」
着物は真魚が瓢箪から出した真魚のものだ。
「それもそうだな…」
女は礼も言わずその着物を羽織った。
「俺は紗那だ」
その口調は完全に男であった。
「俺は佐伯真魚だ」
「子犬が嵐、そして前鬼と後鬼だ」
嵐は子犬の姿に戻っている。
「お主、見たところ低い身分ではあるまい」
真魚は着ていた着物からそう判断した。
「俺のような変わり者が名乗れば、迷惑なだけだからな…」
確かに一族の中に変わり者が生まれれば疎まれる。
貴族とはそう言うものだ。
「命を狙われたのはそのせいか…」
前鬼が憶測を立てる。
「だが、今になってわかった訳ではあるまい…」
後鬼がその憶測に異議を唱える。
その心の変化が急に現れたとは考えにくい。
前に一度似たようなことがあった。
その時は一人の中に男と女が存在していた。
だが、今回は少し違う。
「貴族の女はただの道具だ…」
「俺は道具になどなりたくはない…」
紗那がそう言う。
「!」
突然、真魚が膝をついた。
「だから言わんこっちゃない…」
後鬼が駆け寄る。
「すまぬ…」
真魚はそう言ってそのまま気を失った。
「どうしたのだ…大丈夫なのか…」
紗那が気にしている。
「今回の対価は相当高くついた様じゃ…」
後鬼がそう言って紗那の胸を見た。
紗那は襟元から自分の胸を覗いた。
「真魚というこの男が…この傷を治してくれたのか…?」
「それだけではない…」
前鬼が念を押す。
「命を救ったのだ…」
その言葉が紗那の心を揺らしている。
「それは自らの命を削り取るに等しい…」
後鬼ははそう言って理水の水瓶を取った。
真魚の半身を起こし理水を口に含ませた。
だが、真魚は目覚める事はなかった。
続く…