空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その二
森の中であった。
御蓋山。
神が祀られた山だ。
その麓の森の中。
普段は人が入ることは少ない。
二人の男が向き合って立っている。
そのうちの一人が刀を構えていた。
その刀が赤い。
柄が赤く、鞘も赤かった。
そして、刀身も赤かった。
血だ。
背を向けた男が膝をついた。
持っていた刀でかろうじて身体を支えている。
赤い刀がとどめを刺そうとした時、その男に向けて何かが飛んできた。
その男はかろうじて刀で弾いた。
だが、それが出来るのはある域に達した者だけだ。
「ほう…」
投げた真魚が笑みを浮かべた。
「邪魔が入った様だ…」
男が赤い刀を鞘に収めた。
真魚だけではない。
嵐の気配も感じ取っている。
気配だけで優劣を判断したのだ。
男は背を向けたかと思うと、次の瞬間には森に姿を隠した。
「貴族か…それにしては…」
ただ者ではない。
真魚はその手際に違和感を感じた。
「おい!真魚!」
嵐がそう言った時には、もう一人の男が地面に俯せになっていた。
真魚が倒れた男に駆け寄った。
赤い刀の男が弾いた木の枝を見た。
その切り口を見て笑みを浮かべる。
「神の山で果たし合いか…」
倒れた男に手を当て何かを探っている。
真魚が一瞬、眉を顰めた。
「まだ、生きている…」
真魚は男の身体を起こした。
「だが、このままでは危ない…」
真魚が辺りをうかがった。
「後鬼はいるか!」
真魚が森の木に話しかけた。
ひゃひゃひゃ~
笑い声がした。
木の上から二つの影が落ちてきた。
「たまたまいたから良いものを…」
後鬼はそう言って背中の笈を降ろし、中から水瓶を出した。
「身体を清める、悪いが少し多めに頂く」
真魚が傷を確認するために着物の襟元を開いた。
「これは…」
後鬼が声を上げた。
二つの乳房が見えた。
「女か…」
嵐も驚いている。
だが、真魚だけは驚く様子もない。
傷は胸を斜めに骨まで達していた。
そこに水瓶の理水をかけた。
女がかすかに眉を動かした。
だが、気を失ったままだ。
『人の死に関わるな…』
美しい声が真魚に忠告をする。
「分かっている…」
真魚がその声にそう答えた。
「だが、気になる…」
真魚が女を寝かす。
『血で穢れた場でどうすると言うのだ…』
美しい声が呆れている。
「やるしかない…」
「後鬼、血の跡に理水をかけてくれ…」
「はいはい」
「まったく、このお人は一度言ったら誰の言うことも聞かぬ…」
それが神の声であってもこの男は言うことを聞くまい。
後鬼が愚痴をこぼしながら場を清めていく。
ただの水ではない。
この理水を作るのにどれだけの霊力が必要か…
それは、作った後鬼が一番よく分かっている。
それでも真魚の為に惜しみなく理水を使うのだ。
『呆れてものも言えぬわ…』
美しい声がその愚行を窘める。
真魚が女の前に座り目を閉じる。
真魚の身体が輝く。
印を組み真言を唱える。
七つの光の輪が廻り始める。
同時に真魚の霊力が上がっていく。
その光が場に広がり二人を包んでいく。
「仕方あるまい…」
嵐、それに前鬼と後鬼も手助けをする。
『どうなっても知らぬぞ…』
美しい声はそれっきり聞こえなくなった。
だが、真魚の身体の輝きが増している。
「すまぬ…」
真魚はその声の主に礼を言った。
続く…