空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その一
山の上から見下ろしている。
風が草の香りを運んでくる。
平城京。
既に都の機能は平安京に移っている。
残された寺院。
真魚はそれらを見ていた。
高台に築かれた城。
そう捉えてもおかしくはない。
貴族が建てた寺院が庶民を見下ろしている。
それは一族の繁栄の為に建てられた。
庶民の為のものではない。
都が移ったからと言って全ての人が移動するわけではない。
残された者達はそこで生活を営んでいる。
新しい都の造営のためにどれだけの民が苦しんでいることか…
庶民の為に都があるのではない。
都は貴族のためにあるのだ。
この時代の全ては貴族の為にあると言っても過言ではなかった。
「お主が都を捨てた理由が分かるような気がするぞ…」
足下に座っている子犬が喋った。
「お前の口からそんな言葉が出ようとはな…嵐…」
その子犬は嵐と言う。
喋るには訳がある。
こう見えても本来の姿は神なのだ。
「この荒んだ感じは俺でもかなわん」
その言葉に真魚が笑みを浮かべている。
「ここの奴らは学問が全てだと思っている」
真魚は次にそう続けた。
「学問のことは俺には分からぬ」
嵐にとってそれはどうでもいいことだ。
「本を読んでいるだけでは何も変わらぬ」
「知識が増えるではないか?」
嵐が言っていることは正しい。
「知識など死ねば消える」
真魚の言っていることも正しい。
「確かにそうだが、それはわかってしている事ではないのか?」
嵐の疑問が深くなる。
「分かっていればこうはならぬ」
真魚が過去の都を見ている。
「閉じた貝は食えぬ、そう言いたいのか?」
嵐がそう言った。
「閉じた貝か…面白い」
「お前らしい例えだな…」
真魚が笑っている。
閉じた貝は腐っている。
まさにこの時代の南都仏教は閉じていた。
仏教を学問としてとらえていた。
だが、本来仏教は学問ではない。
知識欲を満足させる為のものではない。
その価値観の違い。
「経は学問ではない、教えなのだ」
「動かなければ何も始まらない、何も変わることはないのだ」
真魚はその歯がゆさを拳に込めてそう言った。
「!」
「おい!真魚!」
その波動を同時に気づいた。
「行くぞ!」
真魚の言葉で、嵐が自らの霊力を開放した。
大気がその力に押される。
金と銀の光が輝く。
その光の中に輝く獣が存在していた。
金と銀の縞模様が美しい。
小さな子犬が人の背丈ほどの大きさになった。
真魚がその獣の背中に乗った。
一筋のが光が輝いた。
だが、その時にはその姿はなかった。
続く…