空の宇珠 海の渦 第六話 その四十
山の上にはまだ雪が残っている。
だが、森には命が生まれ始めていた。
鮮やかな緑色は木々が生きている証だ。
寒い冬をなんとか越えた。
鈴鹿御前と子供達は蝦夷の大地で新しい生活を始めていた。
子供達はどんな時でも元気であった。
凪はその元気に救われた。
だが、温かい春が来てほっとしていた。
「なぎ~、みんなで一緒にお昼たべない?」
向こうから紫音が歩いて来た。
ゆっくりと歩いているには理由があった。
「紫音!あなたこんな所に来てはだめよ!」
凪が驚いている。
「子供達に頼めばいいじゃない…」
凪が呆れている。
「紫音はいつもこうなのよ」
御遠が笑っている。
冬が終わり畑を耕している。
肥料を撒き種まきの準備をしているのだ。
子供達も一緒に手伝っている。
「全く、後先なんか考えないんだから…」
「それで人に…」
「!」
紫音の様子が変だ。
「紫音!」
凪は駆け寄った。
「いてて…これって…」
紫音が舌を出した。
「いわんこっちゃない!」
凪が言った。
「何なの?そのいわんどうとか…」
「倭の言葉か?」
御遠も側に来た。
「いてて、いいのよ…それより…」
紫音が腰を押さえている。
座り込んだまま動けない。
「紫音はいつもこうなのよ!」
御遠は何だか腹が立ってきた。
よいしょ!
凪と御遠が紫音に肩を貸した。
「ゆっくりね…」
「どうしたの?紫音姉ちゃん…」
楓が様子をうかがいに来た。
「楓、村に行って誰かを呼んできて!」
「紫音が生まれるって!」
凪が焦っている。
「えっ、大変~!」
楓はそれを聞くと慌てて村に走って行った。
「私、もう生まれてるんだけど…」
紫音が冷や汗をかきながら笑っている。
「赤ちゃんが生まれると言いたいわけ!」
御遠の機嫌が悪い。
「御遠…頼んでもいい?」
機嫌の悪い御遠に紫音が言う。
「何よ!」
「背中…さすって…」
「あんたって、ほんとに世話が焼ける…」
文句を言いながらも、御遠は紫音の背中をさすっている。
「あなた、さっきから何握ってるの?」
凪が右手に握られている小さな布袋を見つけた。
御遠と凪はその波動を感じている。
「大切な…お守り…」
紫音が冷や汗をかきながら笑った。
それを聞いて二人が目を合わせた。
「いるの!どこ!」
「どうする…ばれてるぞ…」
森の影から嵐が見ている。
「命に別状はなさそうだな…」
「それに、男はお産に用無しだ…」
「だが…生まれるまでは見届けるか…」
真魚が言った。
「ここまで来たしな…」
「そのうちにもっと役に立たぬ男が来るぞ…」
嵐が笑っている。
「ほらな…」
走って来る。
「しお~~ん!」
大柄な男が走って来る。
他に何人か連れている。
「本当に大丈夫なのか?」
嵐が心配している。
「大丈夫だ…」
「この大地が守ってくれる…」
真魚がそう言って笑った。
第六話 - 完-
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-