空の宇珠 海の渦 第六話 その三十八
通草の実が色づき始めている。
森がその命を次の世代に繋ごうとしている。
人はその命を糧として生きてきた。
その一部を分け合って生きてきたのだ。
「あれっ!これは…」
村の畑で収穫していた紫音がその波動に気づいた。
新しい村。
新しい大地。
新しい生活が営まれていた。
「嵐だ…!」
紫音は嵐の姿を探した。
空の彼方に輝く光。
「あれかな…」
懐かしい波動を放っている。
「これ見たら驚くだろうなぁ」
皆で力を合わせてできあがった田畑。
命の糧が今、輝いている。
「誰かと一緒なの…?」
紫音はその光を待ち望んでいた。
「ちょっと遠回りしていくか…」
嵐がそう言って高度を上げる。
一瞬、目の前が霞む。
「これ、雲なの!」
凪が驚いている。
「嵐、あなたってすごいのね!」
凪は嵐にしがみついたままだ。
必死な凪に鈴鹿御前が笑みを浮かべている。
「俺は、神だぞ!」
嵐が事実を自慢げに言っている。
だが、嵐の霊力が命を守っていることも事実だ。
「この辺りでどうだ…」
嵐が止まった。
雲が遠くに見えている。
暗い闇の上に丸いものが一つ浮いている。
「まるで…闇に浮かぶ光の玉だな…」
鈴鹿御前は本質を見抜いている。
「す、すごい…これが…大地…」
「丸…だったんだ…」
凪は目と口を開いたままだ。
丸い玉の上に立っているのが不思議であった。
「凪、目を閉じてみろ…」
既に真魚が目を閉じている。
真魚の身体が輝いていく。
「えっ、なにっ!」
目を閉じた凪が驚いている。
「光の玉が浮いている…」
「光の粒が沢山集まっている…」
凪の驚きは止まらない。
「それは凪の心が感じているものだ…」
真魚の身体が更に輝く。
光が集まってくる。
光の粒が踊っている。
「真魚…これって…」
「そうだ、生命だ…」
「これが…命の輝きなの…」
「人は皆それを感じている…」
「だが、忘れている…」
「これを…こんなに輝いているのに…」
凪は信じられなかった。
だが、凪も観じたのは初めてだ。
光の粒が凪の手に触れる。
凪に何かささやいている。
無意識に手を開く。
光の粒が広げた凪の手の平に乗った。
その瞬間、凪の瞳から涙がこぼれた。
凪はその光の粒を握り、抱きしめていた。
愛おしい…
うれしい…
かなしい…
はかない…
光の粒には全ての感情が詰まっていた。
凪の涙が止まらない。
感動が凪の心を震わせる。
光の粒を抱きしめたまま泣いていた。
号泣する凪の身体を鈴鹿御前がそっと抱きしめた。
凪は光の粒を握りしめたまま離さない。
離さなかったのではない。
離せなかったのだ。
そのあまりの儚さに…
そのあまりの愛しさに…
手放せば壊れてしまう。
手放せば消えてしまう。
大切なもの…
小さな命…
その衝動で凪の身体が動けない。
それはまるで愛おしげに赤子を抱きしめる母性。
母性に満たされた母の心。
凪は命そのものを抱きしめていた。
しばらくして凪は顔を上げた。
「ありがとう…」
凪はそう言って手を広げた。
だが、そこには光はなかった。
光の粒は凪の中に帰っていった。
「ありがとう、真魚…」
「ありがとう、嵐…」
凪はそれを感じていた。
そして、二人に感謝していた。
だが、まだ心は震えている。
感動が心を揺らしている。
「私からも礼をいう」
鈴鹿御前が凪の頭を撫でている。
「命は輝かねばならぬな…」
「凪…」
鈴鹿御前は凪を背中から抱きしめた。
「はい!」
背中に感じる温もりが凪はうれしかった。
それは鈴鹿御前の心でもあった。
丸い大地の光。
命の輝きが凪の心に宿っていた。
続く…