空の宇珠 海の渦 第六話 その三十六
嵐が空の上からその船を見ていた。
「なんじゃ、もう来たのか…」
背中に疾風と飛炎が乗っている。
「何だあの船は?」
疾風が嵐に聞く。
「海賊じゃ…」
嵐が答える。
「か、海賊だと!」
飛炎の緊張が嵐に伝わる。
「安心しろ、真魚の友だ…」
そう言うと嵐は地面に向かって飛んだ。
少し離れた岩陰に前鬼と後鬼の姿が見えた。
嵐はその側の地面に降りる。
「お主らここで何をしておるのじゃ?」
嵐は前鬼と後鬼に聞いた。
「子供達が怖がっておる…」
岩陰から子供達を見ていた前鬼が嵐に言った。
「ところで、お主らは一緒に行かぬのか?」
後鬼が疾風と飛炎に聞いた。
「そのためにここに来たのであろうが!」
嵐が横やりを入れる。
「しょうがない…」
嵐がそう言うと子犬の姿に戻った。
「俺が子供達を安心させてやる…」
嵐はそう言うと子ども達の元に向かった。
「行くぞ!」
その後ろを疾風と飛炎がついて行く。
大人二人が子犬の子分の様だ。
「無理をしおって…」
後鬼が嵐の行動を見て笑っている。
「変わっていくのだな…」
前鬼が感慨深げにその後ろ姿を見ていた。
突然、子供達の前に子犬が走って来た。
そして、砂の上で一回転した。
「あの犬だ!」
「本当だ!あの犬だ!」
嵐が自らを犠牲にして子供達を引き受けた。
子供達が走って駆け寄ってくる。
不安は既に消え去っている。
「お主ら無事だったのか…」
飛炎と疾風を見た鈴鹿御前が安堵の表情を見せた。
「ご無事でなによりです…」
疾風が答えた。
「あの男、海賊らしいな…」
飛炎が幻龍齋を見て言った。
「熊野の海賊の頭らしい…」
鈴鹿御前が笑っている。
真魚と幻龍齋の話を聞いているようだ。
「熊野の海賊だと…それが…」
そんな奴がどうしてここにいるのか、飛炎は理解に苦しんでいる。
「真魚の友達らしいよ…」
颯太が驚いている飛炎に言った。
その恐ろしさを飛炎は噂に聞いていた。
「信じられん…」
「こっちに来るよ!」
颯太が畏れている。
「確かに、ただの男…ではないな…」
鈴鹿御前は幻龍齋をそう捉えていた。
「海が浅すぎてあの船では近づけない」
真魚がそう言って近づいてくる。
「皆が一度に乗るには、あの岩場まで歩かねばならぬ」
真魚がその場所を指さす。
「どうする?」
真魚は鈴鹿御前に答えを求めている。
「一度に乗る方が子供達にはよいであろうな…」
「俺も同じ考えだ」
「そう言うことだ…」
真魚が幻龍齋に顔を向ける。
「紹介がまだだったな」
「幻龍齋、俺の友だ…」
「噂に違わぬ美しさだな…」
幻龍齋が鈴鹿御前に見とれている。
「飛炎と疾風、凪と颯太だ」
鈴鹿御前は何食わぬ顔で皆の紹介を済ませた。
「安心しろ、俺が無事に運んでやる」
「海の上で俺たちに敵うものはいない」
幻龍齋は笑って言った。
「そう決まったら…行くぞ!」
真魚が発破をかける。
「早くしないと…嵐が限界だ…」
子供達に揉みくちゃにされている。
「みんな~あっちまで歩くよ~!」
凪が気を利かせて子供達を誘導しようとする。
「え~また歩くの~」
子供達が文句を言っている。
その時…
嵐が走った。
いや、逃げた。
「待て~」
子供達が追いかけて行く。
「ゆっくりでいいの!」
凪の声は子供達には届かない。
「もう少し、嵐に頑張ってもらうか…」
真魚が笑っている。
「颯太、頼むぞ」
「はいよ!」
鈴鹿御前の一声で颯太が走る。
「落ち着いたら嵐に何かご馳走するか…」
動き出した。
新しい未来へ向かっている。
変わって行く自分がいる。
全てが導かれていく。
「命は輝かねばならぬか…」
鈴鹿御前は、真魚のその言葉を思い出していた。
続く…