空の宇珠 海の渦 第六話 その三十五
「姉貴、船だ!」
颯太は近寄ってくる船に気がついた。
「何か変だ…」
颯太はそう感じた。
「お船…どうしてこっちに来るの…」
子供達が波打ち際から離れている。
「俺、御前様に言って来るよ!」
颯太が凪にそう言って走った。
「あれっ、真魚…?」
颯太が振り向いたとき、鈴鹿御前と一緒にいる真魚が目に入った。
「子供達が怖がっているぞ…」
鈴鹿御前はその波動を感じ取っている。
それは真魚も感じている。
颯太が走って来る。
「へ、変な船が近寄ってくる!」
颯太が息を切らしている。
「あれは俺の友だ…」
真魚が素っ気なく言う。
「真魚の知り合いなのか!」
「そうか!だから、ここなんだな!」
颯太がこの場所が目的地であることを思い出した。
「とりあえず皆であの船に乗る」
真魚が颯太にその旨を告げた。
「でも、あの船なんか変だよ…」
颯太が感じたままを言う。
「心配するな、ただの海賊だ…」
恐ろしい事実を真魚がさらりと言う。
「か、海賊~~!」
颯太は腰を抜かしそうなほど驚いている。
「お主、海賊とも知り合いなのか?」
その事実に鈴鹿御前が呆れている。
「女盗賊とも知り合いになれたしな…」
真魚が船を見て笑っている。
「盗賊が海賊に救われるか…」
鈴鹿御前は、そのおかしな事実を受け入れていた。
「一度、船で熊野まで行く…」
真魚は鈴鹿御前に告げる。
「熊野…蝦夷とは逆方向だな…」
「待て!奴らは熊野の海賊か!」
鈴鹿御前は驚いている。
「そうだ…」
真魚は素っ気なく言うが、熊野の海賊と言えばこの辺りで知らぬ者はいない。
「お主と言う奴は…」
鈴鹿御前は笑いが止まらない。
子供達が鈴鹿御前の元に集まってきた。
颯太と凪も一緒だ。
「友達と言っても海賊なんだろ…」
颯太が怖がっている。
「しかも、熊野の海賊らしいぞ!」
鈴鹿御前は態とそう言う。
「くっ、熊野の海賊…」
颯太が完全に畏れている。
「その海賊が、お主らのためだけにここまで来たのだ」
真魚が事実を言った。
「どういう知り合いなの?」
凪はその事実を真魚本人から確認したかった。
「そのうちに分かる…」
真魚がそう言って波打ち際まで歩いて行く。
「姉貴、本当なのかな…」
「多分、本当よ」
凪はそう感じている。
「どうしてそうとわかるんだよ」
颯太はまだ疑っている。
「だって、あの黒い棒を持ってないでしょ」
「本当だ…」
颯太は凪の言うことは信じている。
「その必要がないからよ…」
本当はそれだけではない。
凪の心には真魚の気持ちが届いている。
それを確かめたかっただけなのだ。
「もう、疑わない…」
凪は声に出して自分の心に誓った。
「姉貴の言うことは信じるよ」
だが、颯太は別の意味で捉えたようだ。
横で鈴鹿御前が笑っている。
凪の心はお見通しの様だ。
波打ち際までは船が大きすぎて近寄れない。
その船に繋いであった小さな船で、一人の男が近寄ってきた。
真魚は波打ち際でその男を待っている。
幻龍齋。
真魚は、その男と一度戦った事がある。
嵐に出会ったのもその時であった。
「すまぬが世話になる…」
「だが、お主が来なくても良いのだぞ…」
幻龍齋は海賊の頭だ。
真魚はその行動に呆れていた。
「天下の女盗賊、鈴鹿御前は美しいというではないか…」
幻龍齋のその言葉が本心かどうかはわからない。
だがその噂は本当だ。
「呆れた奴だ…」
真魚は幻龍齋にそう言った。
「お主ほどではないと思うが…」
幻龍齋が笑いながらそう言い返した。
続く…