空の宇珠 海の渦 第六話 その三十三
鈴鹿御前の屋敷の焼け跡から、五体の焼死体が見つかった。
田村麻呂は逃げた者が無かったか兵に確認をした。
五体の燃えた亡骸。
中でも目立ったのは身体に矢を受けた女の死体であった。
十二単の一部が燃えずに残っていた。
「見事な最後であった…」
田村麻呂は弔いの言葉を贈った。
田村麻呂はその最後を見ていない。
いや、見る必要は無い。
兵士がその目で見ていれば良い。
それは兵に認識させる為の言葉であった。
亡骸さえ確認すれば問題は無いのだ。
たとえそれが替え玉であったとしても関係が無い。
「なかなか良い場所が出来たではないか」
焼け落ちたその場所は広い。
「神社でも建てるか…」
田村麻呂はそう言って笑みを浮かべる。
「お上に報告だ…」
田村麻呂は焼け跡を見渡し、その全てを確認した。
「これでいいのか…」
嵐が崖の上から見ている。
「ほぼ、予定通りだ…」
真魚も一緒にいる。
「ところで主役はどうしたのじゃ?」
主役とは鈴鹿御前の最後を演じ切った後鬼のことだ。
後鬼は死んでいない。
「後鬼は前鬼と子供達の様子を見に行った…」
真魚が嵐のその表現に笑みを浮かべている。
「うろうろして姿を見られる訳にもいかぬしな…」
「飛炎と疾風は…」
嵐がその波動を探している。
「奴らもうまく逃れた様じゃな」
二人は嵐の毛を持っている。
嵐にはおおよその場所がわかる。
「まったく…頼めば乗せてやったものを…」
嵐はそう言って笑った。
「俺たちも行くぞ…」
嵐が真魚にに言った。
「長居は無用だな…」
「海か?」
嵐が目的の場所を聞いた。
「海だ」
真魚が乗ると嵐は一筋の光になった。
波の音が心地良い。
潮の香りが心を和ませる。
その香りに煤の臭いが混じっている。
炎の館の側で長い間いたのだ。
鼻に煤が残っているのであろう。
「うちの芝居もなかなかのものであったろう?」
後鬼が前鬼に話しかける。
「あれで誰も疑うまい…」
前鬼は確信している。
女盗賊、鈴鹿御前はこの世にはいない。
そうなっている筈だ。
「俺が顔に向かう矢を、全部落としてやったからな…」
後ろで声がした。
嵐が子犬の姿で立っている。
「何だ、来ておったのか!」
後鬼が大げさな反応を見せる。
嵐の波動を後鬼が気づかないはずはない。
「態とらしいのじゃ!知っておったくせに!」
嵐が笑っている。
「身体は何ともないのか?あれだけの矢だぞ…」
「お主こそ態とらしいのじゃ…」
後鬼が笑っている。
「まぁ、矢などどうと言うことはないが、美しい顔に傷がつくのだけはな…」
信頼がなければできない。
顔に飛んでくる矢は一つではない。
それを全部、嵐に任せたのだ。
一つでも逃せば顔に刺さる。
「だが、あの重ねて着る着物…」
「着るのは面倒だが、何かを仕込むのにはもってこいじゃな」
身体の矢は着物に仕込んだもので防いだらしい。
後鬼はそう言って笑った。
「それで、真魚殿はどうしたのじゃ?」
前鬼が真魚がいない事を嵐に聞いた。
「あそこじゃ…」
嵐が顔を向けた先に、見えないが真魚と鈴鹿御前の波動が感じられる。
「お主は行かないのか?」
後鬼が意地悪な質問をする。
「また子供達におもちゃにされるであろうが!」
嵐が後鬼を睨んだ。
「俺は飛炎と疾風を拾ってくる」
嵐はそう言って逃げた。
「やれやれ…」
その光を後鬼が見ている。
「逃げ足は速いな…」
前鬼が笑みを浮かべていた。
続く…