空の宇珠 海の渦 第六話 その三十
倭の兵が闇と戦っている。
しかし、戦っていると言うよりは逃げ惑っているに近い。
その状況は田村麻呂に届いている。
「そう言うことか…」
田村麻呂はその報告で、何が起こっているのか見当がついた。
「あれが現れたのか…」
田村麻呂にとっては想定内である。
だが、今までの戦では何もなかった。
初めてあれが現れたのは蝦夷との戦だ。
そして、そこには必ずあの男がいる。
「惹かれ合う恋人同士のようだな…」
田村麻呂は皮肉って言った。
強い力は惹かれ合う。
愛し合う恋人達のように…
強い思いは引き寄せ合う。
そう言うことかも知れない。
田村麻呂はそう考えていた。
「あれが…闇か…」
疾風と飛炎は岩陰からそれを見ていた。
逃げろとは言われたが、見たら足が動かなくなった。
恐怖と同時に存在する甘美な香り。
捕らわれたらどうなるのか…
捕らわれてみたい…
そう考える自分がいる。
そこに行きたい自分が存在する。
「この距離でそうなるのだ…」
そこに嵐が飛んできた。
「お主どうして…ここに…」
飛炎が驚いている。
「さっき俺の毛を抜いて持っただろう…」
嵐が鋭い目つきで睨んでいる。
二人ではない。
闇を睨んでいる。
「それで…そういう意味か…」
疾風が懐に手を入れる。
「それさえ持っていれば、どこにいようが俺にはわかる…」
「初めて見るには刺激が強すぎる…と思って来てみれば…」
「すまぬ…」
疾風が頭を下げる。
「だが、奴をどうやって倒すのだ…」
飛炎が嵐に疑問を尋ねる。
「剣や槍は奴には効かぬ…」
嵐がそう言った。
現に倭の矢はすり抜けている。
「武器が効かぬなら何で倒すのだ…」
疾風がその答えを待っている。
「神の力だ…」
「神の力…」
嵐の答えの意味が疾風には分からない。
そんなものを人が使えるはずがない。
「人では無理なのか…」
疾風はそう捉えた。
「鈴鹿御前も使っていたではないか…」
嵐が二人を見て笑みを浮かべた。
「御前様の力…」
「あれは神の力なのか…」
飛炎がつぶやいた。
「この世のものは全て神の一部だ…」
「だったら人も神の力を使っているのではないのか?」
嵐が二人に聞いている。
「それは…そうだ…」
疾風が自分の手を見つめている。
「お主らのように戦える者もいる…」
「だが、そうでないものもいる…」
「当たり前にあるから気づかないだけだ…」
「使いこなしているかどうかの違いだけだ…」
嵐にしては上手く説明できたほうだ。
「俺は神だから関係ないがな…」
最後の一言はただの自慢だ。
「ま、面白い男がひとり…あそこにいる…」
嵐が闇の前に立つ男を見た。
「真魚が…倒すのか!あれを…」
疾風がその姿を見つけた。
「闇には近づくな、絶対にな!」
嵐がその言葉を残し、闇に向かって飛んだ。
続く…