空の宇珠 海の渦 第六話 その二十八
川の側を歩きながら颯太は考えていた。
「これで、良かったのかな…」
川幅が広くなっている。
このまま川に沿って行けば必ず海に行く。
迷うことはない。
だが、夕焼けがその日の終わりを告げている。
「あれ…」
さすがの颯太も少しおかしいことに気がついた。
自分だけならここまで来られる。
だが、状況は違う。
これだけの小さな子供を連れて、ここまで歩くのは無理だ。
「颯太、今日はここまでよ!」
凪の声が聞こえた。
「今日はお外で寝るの?」
楓が凪に聞いている。
「そうよ!明日、朝早くに出発よ!」
凪がそう言うと子供達がはしゃいでいる。
「姉貴、歩くの…早すぎないか?」
颯太が凪に先ほどの疑問を投げかけた。
「あんたも気づいたの…」
凪はそう言い返した。
「姉貴は知ってたんだ…」
「当たり前でしょ、私を誰だと思っているの?」
凪はそう言って鈴鹿御前に顔を向けた。
「御前様…の…」
「それより食事の準備よ!」
子供達は疲れている。
今大切な事は水分と栄養補給だ。
幸い川の側である。
水は沢山ある。
「姉貴、俺は魚を捕ってくる!」
颯太が背中で眠っていた子供を凪に預けた。
「颯太、あまり遠くに行くんじゃないよ!」
「ほんと…大きくなったわ…」
凪は少し誇らしげに颯太の背中を見ていた。
「この子達をちょっとどうにかしないと…」
凪は背中の子供と颯太から預かった子供を、草の上に寝かせた。
「楓、梢、ちょっとこの子達を見ていてちょうだい!」
二人の女の子を呼んだ。
「せっかく遊ぼうと思ったのに…」
「まだ遊べるの?あなたたちは本当に元気ね!」
「ちょっとだけ見ててね!」
小さくても女の子には母性がある。
そう言うと凪は鈴鹿御前に駆け寄った。
「御前様、大丈夫ですか…?」
凪は鈴鹿御前の体調を気遣う。
「後鬼の水がある、心配するな…」
まだ水は残っている。
それは後鬼の心遣いでもあった。
「それより、凪、これを…」
そう言って鈴鹿御前は懐から何かを出した。
布のようなものであった。
「これは…」
凪にはただの布に見える。
普通の布と違うところは色が金色であることだ。
「真魚から預かったものだ」
鈴鹿御前はそう言って広げた。
「その端を持って広げてくれ」
鈴鹿御前の指示通り持って広げた。
「そのまま後ろに下がれ…」
凪は言われるままに下がった。
「あれ!」
凪が有り得ない事実に気がついた。
「これはこういうものだ…」
鈴鹿御前がそう言っても、凪には信じられない。
最初は両手を広げたぐらいであった。
それが言われるままに下がると、その大きさになった。
「片方の端を、そこの木の枝に結べ…」
凪は言われた様にした。
「もう片方を持って引っ張れ…」
指示通りにすると布がさらに広がった。
「これでいい!」
斜めになった布の屋根が出来た。
これだけあれば皆が入れる。
「こんな事って…」
凪は目を丸くして驚いている。
「凪、子供達をこの中に…」
鈴鹿御前に言われてその意味に気づいた。
「そう言うことか…」
「みんな~こっちに来て!」
凪の声で子供達がそれに気づいた。
「わ~!家が出来てる!」
直ぐに子供達は集まって来た。
珍しいからではない。
凪は気づいている。
それはこの布から出ている波動だった。
子供は大人が忘れたものをまだ覚えている。
無意識にこの布がどういうものであるか、分かっているのだ。
「この感じ…」
何かに包まれているような安堵感。
布の下は別の世界だ。
子供達も一度入ったら出ようとはしない。
「それは…そうよね…」
凪は子供達を見てそう思った。
どんなに笑っていても不安なのだ。
「この布がなかったら…」
この不思議な布のおかげで子供達は安心している。
鈴鹿御前もその波動で守っている。
二つの心が子供達を包み込んでいるのだ。
「あの…男…」
凪の心が揺れている。
「姉貴、これすごいな!」
颯太が沢山の魚を持って帰って来た。
草を魚のえらに通して束にしている。
「遠くから見ると見えないんだ」
布の家に驚いている。
「そうなの?」
凪は驚いて外から見てみた。
布に廻りの景色がほんのり映り込んでいる。
「ほんとだ…不思議な布ね…」
凪はそう言って微笑んだ。
そして、その持ち主を思い浮かべていた。
「姉貴、火を起こしてもいいかな…」
「その辺りでなら、いいぞ!」
凪に言ったつもりが鈴鹿御前聞こえた様だ。
流木を集め直ぐに火を起こし始めた。
木と紐を巧みに使っている。
紐以外は全て河原に転がっていたものだ。
煙が出た。
颯太は枯れ草をそっと近づける。
火がついた。
少しずつ火を大きくしていく。
その頃には魚たちが棒に刺さって立っていた。
それは子供達の仕事だ。
魚が焼けるまでそれほど時間はかからなかった。
「いい臭い~」
子供達が火の周りに集まっている。
凪は夕闇を見ていた。
「薄暮…」
「始まったか…」
凪のつぶやきの後に鈴鹿御前がそう言った。
「始まったの…」
暗くなる西の空が凪の心を映していた。
続く…