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空の宇珠 海の渦 第四話 その十二





寒い朝であった。

 

 

青い空が澄んでいた。

 

 

三輪の山が清々しい霊気で包まれている。

 

 

太陽が少しずつ暖かさを運んくる。

 

 

真魚達は次の目的地に向かう事になった。

 


 

「長い間世話になった」

 

 

「奴のことは頼んだぞ」

 

 

真魚は壱与に託した。

 

 

 

「任せておいて!」

 

 

壱与はなんだか楽しそうであった。

 

 

「初恋の人には先客がいるみたいだし!」

 

 

壱与は真魚に向かって舌を出した。

 

 

 

「壱与のことは…」

 

 

「真魚殿は全てわかっておったのじゃな」


 

壱与の祖父に言いかけたが、その言葉を遮られた。


 

「壱与は普通ではない」

 

 

「利用されれば哀しい目に逢うだろう」


 

「あの神が壱与を守ってくださる」


 

祖父は壱与の事を分かっていた。

 

 

 

「ありがとう、真魚殿」

 

 

壱与の祖父は真魚に感謝していた。




「世話になったな」

 

 

子犬の嵐が壱与を見上げた。

 


 

「ううん全然、楽しかったよ!」

 

 

そう言うと壱与は子犬の嵐を抱きしめた。

 

 

壱与の瞳から涙が溢れた。

 

 

壱与はしばらく嵐を抱きしめていた。

 

 

壱与の波動が嵐に伝わる。

 

 

嵐の波動を壱与は感じている。

 

 

波動が互いの心に伝わっていく。

 

 

そして、二人の心で一つになった。

 

 

真魚達はその姿を温かく見守っていた。

 



挿絵(By みてみん)




 

「近くで見ると本当にかわいいぞ」

 

 

嵐が壱与の耳元でささやいた。

 


 

「今頃気付くなんて…あなたって本当の馬鹿ね…」



 

壱与が、嵐の耳元でささやいた。

 

 

壱与は淋しかった。

 

 

いつでも逢えるのに。

 

 

こんなに近くにいるのに。

 

 

嵐も思いは同じだった。

 


 

「青嵐が戻って…よかったね」

 

 

壱与は、嵐から離れた。

 


 

壱与の温もりが嵐の身体から消えていく。

 


 

「壱与のおかげだ」

 

 

嵐は寂しさを堪えていた。

 


 


 

 

壱与は村の出口でずっと手を振っていた。


 

「いいのか?」

 

 

真魚が嵐に聞く。

 

 

「何のことじゃ!」

 

 

嵐がとぼけている。

 

 


「残ってもいいんだぞ」

 

 

真魚が更に確認する。

 

 

「壱与も寂しがってるぞ」

 

 

真魚は気づいていた。

 

 

 

「嵐、お前まさか!」

 

 

前鬼が気づいた。

 


 

「壱与に!」

 

 

後鬼も気づいた。

 


 

「何を言っているんだお前達は!」

 


「俺は、神だぞ!」 


嵐は更にとぼけようとしている。

 


「おっ、赤くなったぞ!」

 

前鬼が罠を張る。

 


「うそだ!」

 

嵐は顔を手で擦った。

 


「ほらな媼さん、すぐひっかかった」

 

前鬼の罠に嵐がはまった。

 


「うそなのか!」

 

嵐が抗議する。

 


「うそではないぞ」

 

「毛の中は真っ赤っかのはずじゃぞ!」

 

前鬼が笑った。

 


「そんなことはない」

 

嵐はどこまでも意地を張る。

 


「口げんかばかりしとったのにな」

 

後鬼は何となく感じていた。

 


けんかできるのは、気になっているからなのだ。



裏を返せば気に入っているということでもある。

 

 

「そんなものではない」

 

 

嵐が事実を否定している。

 

 

 

「わからんものじゃな」

 

 

前鬼が言った。

 


 

「壱与には奴がおるから大丈夫じゃ」

 

 

嵐は恥ずかしさから言い逃れをする。

 

 

「お主が大丈夫ではなかろう」

 

 

後鬼が追い打ちをかける。

 


 

「壱与が呼べばいつでも飛んで行くさ」

 

 

嵐は本当にそう思っていた。

 


 

「お主が先に音を上げそうじゃがな」

 

 

前鬼が嵐を心配していた。

 


 

「いいのだ」

 

 

「俺には兄者もいるのだ」

 

 

嵐の心は晴れていた。

 


 

「それはそうと…」

 

 

「お主どうして子犬の姿なのじゃ」

 

 

前鬼が子犬の嵐に疑問が湧いた。

 


 

「ほんにそういえばそうじゃ」

 

 

後鬼もその事実が納得できない。

 


 

「もう、いつでも自分で戻れるのであろう?」

 

 

前鬼が嵐を問い詰める。

 


 

「この方がいいこともあるのじゃ!」

  

 

「いいことも」と嵐は言った。

 

 

 

「はて、いいこととな?」

 

 

後鬼には想像がつかない。

 


 

「いつでも戻れるからな」

 

 

「人が怖がるであろう」


 

「この姿だと、かわいい娘も抱きしめてくれるではないか」

 

 

「だから、この方がいいのじゃ」

 

 

嵐はいいことを並べてみた。

 


 ぐ~~~~~。

 


 

嵐のお腹が鳴った。

 

 

「そういうことか!」

 

 

「霊力を使えば腹も減るわな」


 

前鬼は理解した。

 


 

「大きければ大きいほどな」

 

 

「それは切実な問題じゃな」

 

 

後鬼はこれで納得できた。

 


 

「なっ、何を!」

 

 

嵐は返す言葉がなかった。

 


 

「真魚殿もこっちの方が助かるじゃろ」

 

 

後鬼が真魚に話を振った。

 

 

 

「確かにな」

 

 

「二人分食われたのではな」

 

 

真魚は厳しい経済状況を伝えた。

 


 

「二人分でも十人分でも、そこの瓢箪には入るではないか!」

 

 

嵐は量を心配していた。

 


 

「入ることが問題ではない」

 

 

「二人分を食べるお主の腹が問題なのじゃ」

 

 

前鬼が事実を言った。

 


 

「こんなに小さいのにか!」

 

 

嵐も事実を言った。

 


 

「大きさは問題ではない」

 

 

「入る量が問題なのだ」


 

後鬼も事実を言った。



 

「それはそうと葉月は幸せだったのかな?」

 

 

不利になった嵐が話をすり替え、真魚に問いかけた。

 

 

 

「それは本人が決めることだ」

 

 

真魚はそう思っている。

 


 

「あの笑顔、俺は信じたい」

 

 

嵐は思い出していた。

 


 

「嵐がねぇ」

 

 

嵐の心の変化を後鬼は感じていた。

 


 

「俺ではない兄者だ」

 

 

嵐が言う。

 

 

「ややこしいな」

 

 

前鬼が笑った。

 


 

「人は今を紡いで生きる」

 

 

「その今が幸せであったのなら、それでいい」

 

 

真魚が言った。

 


 

「人は今を紡いで生きるか」

 

 

前鬼はその言葉が気に入った。

 


「その今が幸せなら…」

 


「永遠に幸せを紡いで行くことも出来るのじゃな…」

 

 

後鬼はそう感じた。

 


 

「さすが真魚だな」

 

 

嵐は感動していた。

 


 

「今を選ぶのは自分自身だ」

 

 

「そして、その今が過去になる」

 

 

真魚が言った。

 


 

「葉月はその過去に縛られた」

 

 

「淋しい自分を積み上げたのだ」

 

 

「ありたくない自分を創り上げたのだ」

 

 

真魚は葉月を理解していた。

 


 

「そして、心が二つに割れた」

 

 

前鬼が言った。

 


 

「逃げ道が無くなったのか…」

 

 

嵐が考える。

 


 

「今を生きているのに、過去に縛られるのは何だか切ない話じゃな」

 

 

後鬼は葉月の心を思い出していた。


 

 

「選んだ瞬間、それが未来だ」

 

 

「動いた瞬間、それが今だ」

 

 

「そして、今が過去となるのだ」

 

  

 

時間は戻らない。

 

 

いや、絶対的な時間など存在しない。

 

 

人は選んだ『今』を積み重ねているだけなのだ。

 

 

重ねた記憶を時間だと思い込んでいるだけなのだ。

 

 

真魚はそう考えていた。

 


 

「でも、幸せそうな笑顔だったな」

 

 

嵐が思いを込めた。

 

 

それは青嵐の思いでもあった。

 

 


「あれは葉月の未来であったのだな」

 

 

嵐はそう感じていた。

 


 

「そうだな」

 

 

真魚は空を見上げた。 

 

 

青い空がどこまでも続いていた。





挿絵(By みてみん)



 

 

森の木陰で一匹の白い狐が真魚達を見ていた。

 

 

何かの気配を感じて森の奥に消えた。


 

闇の中で目が輝いていた。

 

 

「またか…」

 

 

「余計な真似を…」

 

 

「佐伯真魚…」

 

 

「奴は面白い…」

 

 

「次は俺だ…」

  

 

「俺がやる…」

 

 

闇は真魚達が見えなくなるまで消えることは無かった。 

 

 


  

第四話 - 完 - 






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