空の宇珠 海の渦 第六話 その二十三
「ねぇ、凪姉ちゃん私たちどこまで行くの?」
子供の一人が疲れた様子で凪に聞いた。
五歳ぐらいの女の子である。
こんなに小さくても女の子はたくましい。
それに口が立つ。
「さぁどこでしょう?」
「楓はどこだと思う?」
凪は行く先は言わない。
「どこ?教えて…」
「楽しみはとって置いた方がいいんじゃない?」
その方が気持ちが続く。
凪はそう考えている。
行き先が嫌な場所だと行く足も鈍る。
「楓は知りたいの!」
「だって、疲れてきたんだもん…」
休みも無しに歩き続けている。
子供達が泣いていないのが不思議なくらいだ。
だが、凪は逆にその事が不思議に思えてきた。
「そうか!」
思わず声に出してしまった。
凪はその時、気がついた。
守られている。
包まれている。
いつも感じている。
それは鈴鹿御前の波動であった。
子供達は無意識に安心している。
「怖いとばかり思っていたけど…そうじゃなかったんだ…」
そう思った時、凪に違う感情がこみ上げた。
「凪姉ちゃん泣いてるの?」
楓に指摘されてその涙に気がついた。
「目に虫が入ったのよ、それも両目に!」
凪は冗談のように言ってみた。
「虫、かわいそう…」
凪ではなく虫に同情する五歳児なのだ。
「!」
凪が急に足を止めた。
その音に気づいたからだ。
水の音がしている。
「うそ!」
有り得ない。
それが凪の思っている川の音だとすると、大人より速く歩いてきたことになる。
「御前様、川があります、一息入れますか?」
先頭の颯太が声を掛ける。
「そうだな…この辺りで一度休もう…」
鈴鹿御前がそう言うと、その場に座り込んだ。
「御前様…」
凪は気がついた。
「これは御前様の力…」
凪は直ぐに鈴鹿御前に駆け寄る。
腰にぶら下げていた袋。
その中に奇妙な形の小瓶が入っていた。
「御前様、これを!」
「これは…?」
「後鬼と言うあの鬼に預かって来たものです」
「御前様に何かあれば飲ませてやれって…」
「後鬼が…」
奇妙な小瓶の中には美しい水が入っている。
この水がどういうものなのか、鈴鹿御前は分かっていた。
後鬼の理水だ。
「少しずつ頂こう…」
鈴鹿御前はそう言って一口だけ飲んだ。
「これは…」
身体のすみずみまで行き渡る生命。
身体の全てが喜んでいる。
生きる喜びに満ちあふれている。
「ありがとう…後鬼…」
鈴鹿御前はその想いを噛みしめていた。
「何よりの助けだ…」
鈴鹿御前に生気が戻った。
「ありがとう、凪…」
そう言って鈴鹿御前は凪の頬にその手を触れた。
鈴鹿御前の想いが伝わって来る。
その波動に心が共鳴する。
心が揺れている。
凪の瞳から涙がこぼれた。
「泣くのはまだ早い…」
鈴鹿御前が微笑んで言った。
凪には使命がある。
その涙は大切にしまっておけ。
凪はそう言われたような気がした。
「はい!」
凪はそう言って鈴鹿御前を見つめた。
「強くなったな、凪…」
その決意の瞳はかけがえのない輝きであった。
いつの間にか大人になった凪。
ここにも…ひとつ…
救った命が輝いていた。
続く…