空の宇珠 海の渦 第六話 その十八
鈴鹿御前は寝殿に一行を招き入れた。
庭が見える。
貴族の庭と違うところは大部分が畑になっている事だ。
勿論、池も存在しているが、それは作物に与える分の水や、
魚を飼うための生け簀に代わりになっている。
「貴族もこうして作物を作れば、庶民も少しは楽が出来る」
真魚がその庭を見ていた。
柱に背を預け座っている。
「この方が理にかなっている」
前鬼が笑ってそれを見ている。
「普段は子供達の遊び場だ」
そういう鈴鹿御前が笑っている。
子供達の遊ぶ姿が浮かんでいるに違いない。
「私もそうやって生きる術を学んできたのだ…」
子供達に遊びながらでも作物の育て方を教えていく。
そうすることで自然とそれが身につく。
知識はそれだけでは役には立たない。
現実に使えることが大切なのだ。
鈴鹿御前は体験からその事を知っている。
自分達の食べる分は自分達で作る。
それで賄えない分だけ、盗みを働いたということなのだろう。
この時代の庶民の基本は自給自足なのだ。
「蝦夷の頃が懐かしい…」
鈴鹿御前が庭を見ながらつぶやいた。
こんなに美しい女性が盗賊の頭だとは誰も思うまい。
「どうやって蝦夷から逃れてきた」
真魚が突然、鈴鹿御前に聞いた。
「私の力は知っておろう…」
以前、鈴鹿御前は瓢箪を操って見せた。
それは真魚に対する警告であったのだが、それで真魚もあることに気がついていた。
「私は、少しなら飛べる…」
「あの瓢箪の様にか?」
鈴鹿御前の言葉に真魚が確認を入れた。
「そうだ…それで倭の網を抜けて来たのだ」
庶民を逃がさないために主要道路には関が置かれている。
庶民は好き勝手に移動することは出来ない。
蝦夷からこの地まで逃れる事は、普通では有り得ない事実なのだ。
「それで、どれだけを飛べるのだ…」
「そうだな…この庭の端ぐらいまでか…」
鈴鹿御前はそう言って庭を見ている。
「自分一人だけか?」
真魚のその言葉で、鈴鹿御前は真魚に目を合わせた。
少し驚いた表情をした。
だが、それは直ぐに笑みに変わった。
「ふふふっ…お主は本当に面白い奴だな…」
鈴鹿御前はおかしくてたまらない。
真魚のその言葉は、あることを告げている。
「さすがの私もあれだけの子供達を連れては無理だ…」
その意図を鈴鹿御前は汲み取っている。
「結界ならこの山一つは可能なんだがな…」
半ば諦めた表情で鈴鹿御前はつぶやいた。
「それで十分だ!」
真魚が言った。
「なんだと!どういうことだ!」
鈴鹿御前は驚きを隠せない。
「そなたの力で子供達を助けられると言っているのだ!」
真魚がはっきりそう言った。
「それは本当か!」
鈴鹿御前の瞳が濡れている。
「嘘など言う必要はない…」
真魚が鈴鹿御前を見ている。
「そうか…そうだな…」
鈴鹿御前が両手で顔を覆った。
見られたくない事実をその手に隠した。
だが、その手が離れた時には、いつもの鈴鹿御前に戻っていた。
「子供達の準備は出来ている…」
鈴鹿御前の波動が広がる。
その波動には決意が刻まれている。
「まだ、時間はある…」
真魚はその波動を感じ取っている。
そして、その決意を自らの心に刻んでいた。
続く…