空の宇珠 海の渦 第四話 その十一
陽が昇ろうとしていた。
朝焼けが雲に彩りを添えていた。
三輪山の頂上に真魚達がいた。
周りは原生林で囲まれていた。
その真ん中に大きな岩が見えていた。
哀しい場所でもあった。
葉月の亡骸はある場所に埋葬された。
あの後、悲しみを洗い流すかのように雨が降った。
二日間降り続いた。
その雨が地面を濡らしていた。
真魚は雨が止むのを待っていた。
雨が止んだら行こう
そう決めていたのだ。
この場所までは嵐が跳んだ。
壱与は嵐の背中に乗って感動していた。
嵐が無事に戻って一番喜んだのは壱与だろう。
いつの間にか二人の間に何かが芽生え始めていた。
本来の姿に戻った嵐の姿に壱与は感動していた。
壱与の祖父は高い場所が苦手で、ずっと目を瞑っていた。
この場所に着いたときには腰が抜けた様になっていた。
「素晴らしい体験じゃが、これっきりにしもらいたいものじゃ…」
そうは言ったが、帰りにもう一度同じ体験が待っている。
真魚が大きめの岩になにやら細工をしている。
「真魚は一体何をする気じゃ?」
嵐が壱与に問いかける。
「真魚との約束がこうなるとは思わなかったわ」
壱与は独り言のように言う。
「だから、何をするのかと聞いておるのじゃ」
嵐は知りたくてしょうがない。
「たぶん、光月がしようとしたことよ…」
壱与には分かっている。
「ま、真魚がこの国をぶんどるのか!」
嵐の考えに方向感はない。
「きゃはははっはっ!」
嵐のずれ具合に、壱与はある意味感動した。
「嵐、あなたって素晴らしい…」
「でも、結果的にそうなるわ…」
壱与は、真魚の未来を見ていた。
壱与は嵐に優しく言った。
「違う意味でぶんどるのよ!」
これが十二、三才の娘と何百才の神の会話とは思えない。
「違う意味の意味が、俺にはよく分からん」
嵐には全く興味が無い。
「これで良し」
真魚が帰ってきた。
「真魚、これから何をするのじゃ、説明してくれんとさっぱりわからん…」
嵐が音を上げて真魚に泣きついた。
「神の山と呼ばれているが、残念ながら今は留守だ」
「しかるべき神に、この国を守ってもらう」
真魚はさらりと言った。
「こ、この山に神を呼ぶというのか!」
嵐は驚いた。
「この山は地脈、気の流れ、その他を見ても神の山にふさわしい」
「それは、邪神にとっても同じだ」
真魚は説明した。
「俺たちを狙っている奴らが居座ったら…この国は…」
嵐は真魚の考えを理解した。
「幸い、昨日の雨で穢れは消え、空気は霊気が流れやすい状態になっている」
真魚が更に言った。
「ほほう、これはおもしろそうじゃ」
壱与の祖父が感心していた。
「壱与には巫女になってもらう」
真魚が壱与に向かって言った。
「えっ、私が…」
突然の事で壱与は驚いていた。
「いいわ、約束だものね」
壱与は受け入れた。
「壱与、いいのか?」
嵐が再度確認する。
「面白そうじゃない」
壱与が言った。
「で、どなた様を召喚するのじゃ?」
前鬼が真魚に聞く。
「この国を守れるほどの神じゃと…」
後鬼が考えていた。
「それは後の楽しみだ」
真魚が笑った。
「お主のやることは、よく分からん事ばかりじゃな」
嵐が不満そうにつぶやいた。
大岩の周りを皆で囲む。
前鬼、後鬼、嵐、そして壱与の祖父。
岩の前に真魚。
その後ろに壱与が控えた。
「皆で霊力の輪を作ってくれ、後は俺が何とかする」
真魚はそう言うと地面に例の棒を立てた。
五鈷鈴を鳴らした。
その清浄な音色が場を形成していく。
目を瞑り印を組む。
真魚の身体に光の輪が出現する。
その輪が下からゆっくりと回り出す。
棒と共鳴していく。
皆で創った霊気の壁がゆらゆらと揺らめいている。
真魚の身体がひときわ輝くと、
その光は壁を伝い渦を巻きながら天に昇っていく。
天界とを繋ぐ道ができあがっていく。
だが、天界の扉はまだ閉まったままだ。
真魚が真言を唱えた。
真魚の輝きが美しい音色を奏でていた。
「壱与、舞を踊れ!」
真魚が壱与に言った。
五鈷鈴を鳴らす。
壱与は既に舞を踊っていた。
自分から踊っていたのか、踊らされているのか…
ただそれは美しかった。
真魚が奏でる五鈷鈴と、光の音に壱与の舞が融合している。
優雅で気高い舞と、光の音色は融合していく。
そして、生命となり昇っていく。
扉の隙間に光が見えた。
ゆっくりと扉が開いた。
中から途方もない生命があふれ出した。
道を伝い地上に届く。
金色の光の粒が止めどなく雪の様に降り注いでいる。
その一粒一粒が生命であった。
一粒一粒が宇宙そのものであった。
儚く、
哀しく、
切ない、
その一粒は
生まれたばかりの赤ん坊を抱きしめている。
愛しさに似ていた。
「な、なんという事じゃ」
壱与の祖父は感動して泣いていた。
「これは、これは見事じゃ!」
前鬼が言った。
「…」
後鬼は言葉が出なかった。
ただ、涙が止まらなかった。
「葉月にも見せてやりたかった…」
嵐の中の青嵐が言った。
「きっと見ている」
嵐も感動していた。
真魚が更に何かの真言を唱えていた。
嵐には何を言っているのか意味が分からなかった。
ただ壱与の舞は続いていた、嵐はその舞に見とれていた。
真魚の霊力は更に上がっていく。
神の行列がやってくる。
岩の上に光の粒が集まり始めた。
それはだんだんと形となっていく。
いつしか岩の上に座した神の姿となった。
『私を呼んだのはお前か?』
光り輝く神は真魚に向かって言った。
言葉ではないもので会話が成立していく。
「はい、大物主の神よ…」
真魚は地面に膝をつき言った。
『私に何の用だ。』
大物主と呼ばれる神が言った。
「しばらくこの国を見守って頂きたい」
真魚は前触れもなく神にそう言った。
『久しぶりだな、姫』
その神は女の神に言った。
『あなたも相変わらずね…』
女の神はその神を知っているかのようであった。
『それはそうとお前、面白いものを持っておるな』
その神は真魚の棒に興味を持っていた。
「これはいただき物で、何かも分かりませぬ」
真魚は正直に答えた。
『その女の入れ知恵か?面白いことになっておるではないか…』
その神は言った。
「いえ、これは成り行きで…」
真魚は正直に答える。
『成り行きで、人がそこまでするとはな…面白い…』
神は笑った。
『私は退屈しておるのじゃ、面白いものを見せてくれ、それが条件だ』
神はそう言った。
「直ぐにとはゆきませぬが、いずれ面白い世界をご覧に入れましょう」
真魚が言葉を返した。
「それまでの間は、この壱与があなたのお相手をさせていただきます」
真魚は壱与を紹介する。
『ほほう、まだ子供だがなかなか面白い娘だ、気に入った』
神はそう言った。
「聞き入れて頂けるので…」
真魚は神に確認する。
『お前、名は何という』
神が言う。
「佐伯真魚と申します」
真魚が答えた。
『お前が佐伯真魚か、これは面白そうな奴に会ったわ』
神は言った。
「その件で一つ聞いておきたいことがあります」
真魚が神に言った。
『なんだ!』
「冥王は… 」
『お前を狙っていると…』
真魚が全てを言う前に神が語り始めた。
神には全ての事が分かっているらしい。
『あいつらも退屈なのだ』
『それに、お前が派手に動き回ると、困る奴らもいる』
神はそう言った。
「共存共栄と言うことでしょうか?」
真魚がそういう例えで尋ねた。
『簡単に言えばそういうことだが、そう甘くはない』
神は答えた。
「光だけを示す事は難しいということか…」
真魚は神の前でそうつぶやいた。
『張り付けにされたものもいたな』
『だが彼は畏れずに全てを与えた』
『愚かな人にな…』
神はそう言った。
「異国の話、聞いたことがあります」
真魚が言った。
『私は見ているだけだ』
『決めるのはお前だ』
神は真魚にそう言った。
「では、そうさせていただきます」
真魚は神の前でそう答えた。
『ここは面白そうなだな、また用があったら呼べ』
神はそう言うと消えていった。
溢れる光の中に全ての答えが存在した。
思考というものはない。
全てが答えであった。
真魚は改めて神の偉大さを感じていた。
しばらくは誰も言葉を発しなかった。
「あれが、大物主か…」
最初に前鬼が口を開いた。
「そうだ。」
真魚が珍しく汗をかいていた。
「すさまじい霊力だったな」
嵐が言った。
「あれほど高位な神となると、連れてくる守護神も半端ではなかったのう」
後鬼が言った。
壱与の祖父は感動で涙が止まらなかった。
「おじいちゃんしっかりしてよ!」
そういう壱与も感動していた。
「身体が溶けるかと思ったわ」
壱与はその時の感覚をそう表現した。
神の生命に触れた時の充実感は、
ある意味、残酷であったかも知れない。
だが、壱与はその事すら受け入れていた。
「これって面白そうね」
さらに壱与は神の前でそう言ってのけた。
大物主の霊力は山一帯に及んでいた。
三輪山は神の山として今も存在している。
その霊力は今も衰えてはいない。
続く…