空の宇珠 海の渦 第六話 その十二
峠を見渡せる木の上。
二つの影が休んでいた。
「真魚殿の話だと、この辺りだと思うのだが…」
前鬼であった。
山伏のような格好背中に笈を背負っている。
「あの辺りが怪しそうですな…」
その側に後鬼もいる。
後鬼は粗方の答えは出しているようだ。
「だが、真魚殿が儂らに見張りを頼むとは…」
「鈴鹿御前という…女盗賊…」
前鬼が真魚から届いた情報を組み立てている。
「成そうとすべきことは分かる…だが…」
前鬼に疑問が生まれている。
「他にも何かあるのでしょうな…」
後鬼はこれから起こる何かに、その答えが あると見ていた。
「全てが合わさった時、その答えが見えるのか…」
前鬼がその方向を定めた。
真魚は既にその未来を見ている。
だから、前鬼と後鬼に仕事を依頼したのだ。
「とにかく館を探さねばならぬ…」
前鬼が動き始める。
「ま、それからですな…」
後鬼がそう言った時には、前鬼の姿は小さくなっていた。
鈴鹿御前の館。
真魚が去ったあと、凪が鈴鹿御前のある変化を感じていた。
「御前様…」
以前の様なぎすぎすしたものではなく、それはやわらかな波動だ。
明らかにあの男に会ってからだ。
心の中でつかえていた何かが取れた。
そんな感じであった。
その波動を感じながら、凪は目に涙を浮かべていた。
その時、凪は感じていた。
鈴鹿御前の心の苦しみの訳を…。
あの男が持ち去ったその苦しみを…。
その理由が自分であったことに始めて気づいたのだ。
自分だけではない。
颯太もその他の子供達も同じだ。
初めて見る穏やかな鈴鹿御前の表情に、
苦しみの答えを見つけたのだ。
「御前様…」
誰にも言えず心の奥にしまっていた苦しみを、
あの男は持ち去っていった。
佐伯真魚。
それだけではない。
鈴鹿御前の柔らかな表情。
そこに心の内が見える。
「それが、本当のあなた…」
鈴鹿御前の美しさに見とれている。
凪は鈴鹿御前のその表情に嫉妬さえ感じている。
女として…
愛する者として…
佐伯真魚という男が鈴鹿御前に与えたもの…
「それだけで人はこんなに…」
その安らぎに満ちた笑顔に心が揺れた。
感情の波動が心を揺すっている。
こみ上げる想い…
凪の瞳から光がこぼれて落ちた。
その光は手の甲を濡らし、弾けた。
二つめからは止まらなかった。
それは…凪の心の一部であった。
そして、鈴鹿御前を愛する者としての喜びでもあった。
続く…