空の宇珠 海の渦 第六話 その八
「もしや、あの時の波動はお主か…」
鈴鹿御前が言った言葉は意外であった。
「蝦夷が負けた…あの時の波動…」
鈴鹿御前の中の何かが語りかけている。
その時、風が吹いた。
鈴鹿御前の髪がその風で舞い上がる。
真魚は闇の龍に立ち向かった。
その巨大な波動は世界を震わせている。
「表向きは蝦夷が滅んだことになっている…」
真魚が笑みを浮かべる。
史実では阿弖流為と母礼は死に、蝦夷は壊滅した。
その残党が朝廷に刃向かっているだけだ。
だが、真実はそうではない。
「なるほど…そう言うことか…」
鈴鹿御前が笑っている。
全ての謎が解けた。
そんな笑い方であった。
「お主が仕組んだのか…」
「田村麻呂を英雄に仕立て上げたのも、お主と言うわけだな…」
そう言って真魚を睨み付ける。
「何のためだ!」
鈴鹿御前の怒りの波動が漏れる。
「俺のためだ…」
真魚はそう答えた。
「お主の…己の為に…」
その答えに鈴鹿御前は戸惑った。
真魚のことは何も知らない。
この男が成そうとする事を理解しているはずがない。
「お主は…何を…」
鈴鹿御前の波動が揺らいでいた…
怒りが行き場を失っている。
「田村麻呂に何か恨みでもあるのか…」
その揺らぎを真魚は感じている。
「あの男を知っているのか!」
田村麻呂…その名で顔つきが変わった。
「何度か会っている…」
鈴鹿御前の鋭い視線。
真魚はそれをを受け入れている。
「蝦夷を滅ぼす為に奴と組んだのか?」
鬼気迫る波動が漏れている。
その言葉は真魚に対する最後通告だと言っていい。
「忠告だ…警告と言ってもいい…」
「忠告だと…?」
真魚のその言葉で怒りの歯車がずれた。
無理もない、鈴鹿御前が知らない話だ。
「奴の刀には妙なものが取り憑いていてな…」
「絶対に戦で抜くなと警告した…」
「戦に携えて行く刀を抜くなだと…それは本当の話か?」
鈴鹿御前は話の真偽が分からなくなってきた。
「だが、結局は抜いてしまったのだ…」
真魚は残念そうに言った。
「それでどうなったのだ!」
「良からぬものを引き寄せ、倭の多くの兵が犠牲になった…」
「そして…倭の兵の戦意が失われた…」
「蝦夷が負けたのではなかったのか…!」
鈴鹿御前はその事実に驚いている。
「勝ち負けで言うと倭が負けた事になる」
「だが、それでは倭が引かない…」
「結局、阿弖流為と母礼が犠牲になることで、倭を欺いたのだ」
真魚は事実を言った。
「倭を欺いただと…」
「それが事実なら蝦夷の者達は生きているのか?」
その答えを知りたい。
鈴鹿御前が心を開き始めている。
「生きている!」
「新しい場所で新しい世界を築いている」
「阿弖流為と母礼も嵐が助け、そこにいる!」
真魚がそこまで言った時、鈴鹿御前の波動が変わった。
柔らかな波動が伝わって来る。
鈴鹿御前が胸の前で何かを包み込んでいる。
「美しい…」
「それがそなたの真の心か…」
真魚に笑みが浮かぶ。
「蝦夷に関わりがあるのだな…」
真魚はその真実にたどり着いていた。
続く…