空の宇珠 海の渦 第六話 その七
嵐が放った波動が通り抜けた。
その波動の主を確認するかのようにその方向を見た。
颯太だけが蚊帳の外だ。
「これは…」
鈴鹿御前が考え込んだ。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「姉御、俺が行く…」
飛炎が鈴鹿御前を制して出ようとした。
「客人を迎えるのは主人の役目じゃ…」
鈴鹿御前が飛炎を睨んだ。
「姉御…」
その鬼のような目に飛炎が怯んだ。
「うそ…」
凪はその姿に驚きを隠せない。
今までこの屋敷を見て帰ったものはいない。
この場所が知られていないのは、それが理由だ。
「客人…」
凪の開いた口が塞がらない。
「それもいい…」
柱に背を預けて疾風が笑みを浮かべている。
「俺では勝てぬと言うのか!」
飛炎が鈴鹿御前に詰め寄る。
「お主はあの波動をどう捉えるのじゃ?」
鈴鹿御前が飛炎を睨み付ける。
「…」
飛炎は黙り込んだ。
「大切なものを失うわけには行かぬ…」
鈴鹿御前はそう言って背を向けた。
「姉御…」
飛炎はその言葉に動けなかった。
初めて聞く鈴鹿御前の言葉。
その言葉に自分の浅はかさを悔いた。
「うそ…」
凪は信じられなかった。
先ほどまで颯太の目玉で遊んでいたのだ。
その御前からあのような言葉が出るとは想像付かない。
凪はその言葉に御前の心を感じていた。
自分の中に生まれる何かを感じていた。
真魚と嵐は門の前まで来た。
ぎぃぃ…
きしむ音をたてながら、門が開いた。
「嵐の波動を感じたか…」
だが、誰もいない。
「俺の波動がどうかしたのか?」
嵐に戦略など無い。
ただ単にしたことがこのような結果に繋がっただけだ。
「ある程度は受け入れたか…」
真魚はそう捉えていた。
「ある程度とは何だ!俺は神だぞ!」
嵐が機嫌を損ねている。
庭は広い。
池がありその上に反橋がかけられている。
寝殿まで行くにはその反橋を越えなければならない。
気がつくと、その反橋の上に一人の女が立っていた。
女はゆっくりとこちらに近づいてきた。
あでやかな十二単を纏い、袴をはいている。
着物が地面に擦れている。
汚れることは気にしていないようだ。
「ほう」
真魚は声を上げた。
遠くからでもその美しさが目にとまる。
そして、その波動を感じていた。
女が止まった。
まだ距離がある。
歩数にして二十。
この距離がこの女にとっての間の様である。
『気をつけろ…』
美しい声が真魚の心に届く。
「この波動を感じて気は抜けぬ」
真魚はそう言った。
「真魚、奴は人間か?」
嵐はそう感じていた。
人にしては大きすぎる。
それはある意味、人ではないと言うことかも知れない。
「おい、真魚!」
嵐が瓢箪を見つけた。
その女の手にいつの間にか握られている。
「私共のものが粗相をしでかしたようで…」
女がそう言うと手の上の瓢箪が消えた。
次の瞬間真魚の目の前に現れた。
真魚はそれを左手で受け取った。
「ほう」
真魚の口元に笑みが浮かんだ。
「宙を操る力か…」
その女は先に手の内を見せてきたのだ。
「どうなっているのだ、真魚!」
嵐が驚いている。
「これが帰って来ればいい」
真魚はそう言って腰に瓢箪の紐を結んだ。
だが、これはただの儀礼に過ぎない。
この女にとっては自分の懐にあるも同じ。
意のままにどこにでも移動できるのだ。
真魚にわざとその事を伝えている。
「だが、何でもというわけではあるまい…」
「どういうことだ?」
嵐は真魚の言った言葉が気になった。
「嵐、お前ならどうする?」
「お、俺か!」
そう言いながら嵐は考え込んだ。
「何を話しておるのじゃ…」
鈴鹿御前が二人に声を掛けてきた。
「この瓢箪の中身が無事かどうかと…」
そう言いながら真魚が瓢箪を振った。
その瞬間、瓢箪が真魚の手から消えた。
「見た目は同じだな…」
真魚が笑っている。
少し離れた場所で嵐が瓢箪を咥えて立っていた。
「面白い…」
鈴鹿御前は笑っている。
だが、嵐はものすごい速さで移動しただけだ。
見た目は同じでも根本的に違う。
「人は私を鈴鹿御前…そう呼ぶ」
その美しさが一際輝く。
「お主…名は何という?」
鈴鹿御前が聞いた。
「佐伯真魚だ!」
真魚が答えた。
「佐伯真魚…もしや…」
その時、鈴鹿御前の顔色が変わった。
続く…