空の宇珠 海の渦 第四話 その十
嵐と青嵐はぶつかり合っていた。
「兄者、目を覚ませ!」
嵐の声が響いていた。
だが、青嵐の心は閉ざされたままであった。
『青嵐の心を開くことが出来るのは、あなただけ…』
壱与の声が嵐の心に響く。
「どうすればいいのじゃ!」
嵐は迷っていた。
遠かった。
こんなに近くにいる青嵐が遠かった。
真魚は嵐が気になっていた。
元々実力は互角。
相手をかばっている分だけ、嵐には分が悪い。
「前鬼!」
真魚は前鬼を呼んだ。
「何をする気だ」
光月が、真魚達の動きを嫌った。
前鬼が降りてきた。
「この光月、いや葉月が小角様の母君に似ているのじゃ」
前鬼は、真魚にその事を伝えた。
「小角の母君に…葉月が…」
「そうか!」
謎は解けた。
「前鬼、少しの間こいつの相手をしてくれ」
真魚は前鬼に言った。
「俺は嵐の加勢にいく」
そう言うと真魚は奔った。
「なめられたものだな…」
光月は次の獲物を前鬼に決めたようだ。
嵐は戦っていた。
真魚は棒を右手に握ると、左手で手刀印を組んだ。
光の輪が輝き出し、棒を青い光の粒が包んでいった。
それが一気に膨らむ。
「青龍!」
光の粒は青い龍となり、真魚の頭上に登った。
「行け!」
真魚が棒を振ると、龍は青嵐向けて飛び込んでいった。
青嵐はそれを難なくよける。
速さでは嵐や青嵐にはかなわない。
しかし、気を引くことは出来る、真魚はそう考えたようだ。
「そろそろいくか!」
真魚は楽しそうである。
「嵐、本気で青嵐にぶち当たれ!」
真魚が嵐に叫んだ。
「本気で…だと…」
嵐の言葉にはためらいがある。
「遠慮をしていては、伝わるものも伝わらぬ…」
真魚がそう言って笑っている。
「伝わるもの…」
嵐が真魚の意志を悟った。
「霊力で扉を開く!」
「お前は全力で、青嵐に話しかけろ!」
真魚は棒を握り目を閉じた。
「その手があるのか!」
嵐は霊力を上げていく。
真魚は目を瞑って、意識を集中させる。
光の輪が回転を速めた。
さらなる輝きを放つ。
真魚の周りに光が溢れていく。
真魚は目を開けた。
「行け!嵐!」
真魚が叫んだ。
霊力の弾となった嵐が、青嵐にぶつかっていく。
ぶつかったまま離れない。
霊力をぶつけ合っている。
「兄者!」
「俺だ、嵐だ!」
「兄者!」
嵐が叫んだ!
それは嵐の心の叫びだ。
「…ん」
何か聞こえた。
嵐は更に霊力を高めた。
真魚から光が溢れている。
「ら…ん」
今度ははっきり聞こえた。
「兄者!」
「波動が合った様だな」
真魚がにやりと笑った。
真魚の光の輪が更に回転する。
真魚の霊力が嵐に流れ込んでくる。
「真魚、おい!」
嵐はすさまじい霊力に戸惑っていた。
「嵐…」
青嵐の声が聞こえた。
「兄者!」
嵐はうれしかった。
「いずれこの時は来る」
青嵐が言った。
「何のことじゃ」
嵐は青嵐の言ってる意味が分からなかった。
「我らが一つになるのじゃ…」
青嵐が言った。
「それが、今なのか?」
「今でないといけないのか?」
嵐は納得できない。
「今しかない」
青嵐が言った。
「一つになると言うことは、どちらかが消えるということではないのか?」
嵐が言った。
「消えるのではない融合するのだ」
「元に戻るだけじゃ」
「もう操られることもない…」
青嵐が答える。
「霊力の強い者に取り込まれる…」
「そうとも言えるがな…」
青嵐が嵐に説明する。
「それでは真魚と繋がっている俺の方が…」
嵐は結果を見ていた。
「いいのだ嵐」
「葉月はあの方に似ていた」
「葛城の地で出会った時に驚いた」
「悲しみを背負っている所も同じだった」
「あのお方を忘れられなかったのだ…」
「しかし、既に葉月の心は壊れていたのだ…」
「それがこういうことになってしまった。」
「その前に気がついていたら…」
「その前に葉月に出会うことが出来ていたら…」
青嵐が己の過ちを悔いた。
だが、それはどうする事も出来ない過ちでもあった。
「俺はもうよいのだ」
「今度はお前の力になろう」
「だが、兄者ではなくなるのだぞ」
嵐が言った。
「お前はいい男に出会った…」
「なかなか面白いではないか、あの男は」
「お前の為に命を賭けている」
「それに…小角様に似ている」
「俺も同じ思いだ…」
「お前は俺の弟だ」
青嵐が思いを伝えた。
「兄者…」
嵐が思いを受け取る。
「葉月の心を救った…」
「あの男に…」
「それでいい…」
「俺はお前の中で生きる。」
声が途切れて小さくなった。
扉が閉じようとしていた。
真魚は更に霊力を上げた。
『よせ!それ以上は危険だ!』
美しい声が真魚の心に響く。
「分かっている!」
真魚は笑っている。
高まる霊力の高揚感に酔っていた。
真魚に異変が起きた。
犬歯が伸び額がせり出してきた。
『お前にはまだやるべきことがある!』
その声で真魚は我を取り戻した。
「嵐!俺とお前は繋がっている!」
「忘れるな!!!!」
真魚は叫んだ。
真魚から光が解き放たれた。
その光は嵐に届いた。
「俺もお前と一緒に行きたいのだ」
「嵐、共に行こう…」
「兄者…」
青嵐と嵐の生命が融合する。
美しいが儚い、そして尊い。
まばゆい光に包まれた。
神の山を光が覆った。
しばらくは、目を開けることすら出来なかった。
その光が少しずつ和らいでいく。
優しい光に変わって行く。
その中にうっすらと…
一つの獣の形が見えた。
輝いていた。
金色に輝いていた。
その光はその獣が放っていた。
「ああ…」
皆はその光景に立ち尽くした。
光月は膝を突いた。
「俺の…負けだ」
そう言うとその場に倒れ込み意識を失った。
その獣は嵐ではなかった。
その獣は青嵐でもなかった。
金と銀の縞模様が美しい輝きを放っていた。
青嵐であり嵐でもあった。
「これが本来の姿か…」
前鬼は驚いていた。
「こんな美しい獣ははじめてじゃ!」
後鬼はその美しさに感動していた。
「神が分けた理由が分かる気もするな…」
真魚は笑っていた。
だが、片膝をついて息を切らしていた。
『お前という奴は…』
美しい声が呆れている。
「すまない助かった。」
その声に礼を言った。
その獣の神は真魚に近づいて行く。
「どう呼べばいい?」
真魚がその神に聞く。
「今まで通りで良い」
その神はそう答えた。
「嵐…」
真魚も感動していた。
その時…
倒れていた光月が気がついた。
手を突いて半身を起こした。
「おおっ!!」
皆驚いた。
真魚以外は…。
止めていた髪が外れ揺れている。
女であった。
立ち上がったその姿に見覚えがあった。
その顔は光月ではなく葉月だったのだ。
「気がついたか」
真魚が優しく声をかける。
「いつからわかっていたのですか…」
葉月が真魚に聞いた。
「そなたを抱きしめた時だ…」
真魚には分かっていたのだ。
前鬼も後鬼も嵐も言葉を失っていた。
「いや、もうすこし前か?」
真魚は場の雰囲気を変えようとした。
その時!
「真魚危ない!」
嵐が叫んだ。
何もない空間に突然闇が現れた。
その闇から矢が放たれた。
嵐が奔る。
闇に火花が散る。
嵐の爪が矢をはじき飛ばす。
「葉月!」
真魚の声が聞こえた。
嵐が振り返った。
真魚をかばうようにして葉月が矢を受けていた。
衣に血が滲んでいた。
すり抜けた矢が葉月を貫いたのだ。
「すまぬ葉月」
真魚は棒を地面に置いていた。
その一瞬の隙を突かれた。
狙われていたのは真魚だった。
葉月は真魚を庇った。
傷は浅くはなかった。
がおぉぉぉぉぉ~っ!!
嵐の咆哮が闇を蹴散らし、灼熱の波動がそれを焼いた。
それは、青嵐の叫びであったのかも知れない。
闇は跡形もなく消えさった。
「葉月!」
葉月を抱きしめながら真魚は後悔していた。
全てが手遅れであった。
「いいの、これで」
「あなたは私を救ってくれた」
「青嵐を助けてくれた」
「今度は私の番」
葉月の瞳から涙が溢れた。
「小さい頃、弟が欲しかったの…」
「葛城では百済の血を継ぐ貴族というだけで遊び相手もできなかった。」
「光月は私が作り出した光だった」
「ひとりでいても光月がいれば楽しかった」
「だけど、母が亡くなってから変わってしまった」
「それは、私が人を羨んだから…」
「こうありたいたいと思う自分と、ありたくない自分」
「ありたいのは夢、ありたくないのは不安」
「光月は私に優しかった」
「私が不安を引き寄せ、光月がそれを憎んだ」
「私のために…」
「私が人を羨むほど、私が不安になるほど憎しみは増えていった」
「やがて、私の中の光月が表に出るようになった」
「でも、光月は教えてくれた」
「貴族とか平民とか関係なく、人は人として生きていける世も存在すると」
「そんな世になればいい…」
「いつしかそう思うように…」
葉月はそう言うと微笑んだ。
「その世を叶えるために」
真魚にはその気持ちが痛いほど分っていた。
「夢の様な話でしょう?」
「でも、光月は間違っていた」
「奪ってはいけない、夢は与えるもの」
「誰もが夢を持っていられることで、未来は変わるのよ」
「あなたは私に、教えてくれた」
「あなたに出会えて本当に良かった」
「ありがとう」
「あなたとこうしていたかった…」
葉月は真魚に抱かれてそう言った。
「人が人として生きて行ける世か…」
真魚が微笑んで葉月を見ていた。
「私の夢は叶ったの…次はあなた…ね」
葉月の瞳から命がこぼれて落ちた。
「葉月!」
「葉月!」
真魚は二度名前を叫んだ。
葉月は幸せそうに笑っていた。
真魚は力一杯抱きしめた。
葉月の願いを抱きしめていた。
続く…