空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その三十二
二つの身体が輝いている。
その光が鼓動に合わせて強弱を付けている。
我夢は右手に夢幻刀を持ったままだ。
その夢幻刀がまだ輝いている。
彩音は寄り添うようにして、我夢の顔に額を付けた。
『我夢…』
『私よ…』
その祈りは言葉ではない。
それが我夢に伝わっていく。
「彩音…」
我夢は夢を見ていた。
彩音と遊んでいる。
子供の頃の夢だ。
広い野原。
一面に花が咲いている。
我夢が彩音を追いかけている。
彩音が逃げる。
野原の上を自由に走り回っている。
時間がゆっくりと流れている。
笑っている。
捕まえた。
今度は彩音がが追いかける。
我夢は逃げ足が速かった。
彩音には捕まえる事が出来ない。
そのうちに、彩音が諦めて座り込んだ。
そして、悔しさのあまりに泣き出した。
我夢が心配して近づいた。
彩音が笑った。
我夢が捕まった。
その時…
黒い影が二人の前に現れた。
恭栄であった。
「我夢危ない!」
彩音が我夢を庇おうとした。
「彩音!」
我夢が叫んだ。
恭栄の龍牙。
その切っ先は止まった。
二人の顔に傷を付けた。
だが、それを止める事が出来たのは
恭栄の剣術が優れていたからだ。
幼き心、純真な想い。
「俺にもそんな事があった…」
男はそう言って光に包まれた。
真魚の身体が光を増した。
繋いだ回路を彩音に渡す。
「これは…」
前鬼が二人の姿を見ていった。
「美しい…」
後鬼がその顔の傷を見て涙を浮かべる。
二人の傷はつながっていた。
我夢が彩音を庇ったのだ。
そして、同時に切られた。
幼き我夢の想いがそこに存在した。
『我夢…もう大丈夫』
『私はもう怖くない』
『あなたがいる…』
彩音の想いが溢れている。
気がつくと一面が金色に輝いていた。
祠の楠が輝いている。
彩音の祈りを聞いていた。
長い間その祈りは捧げられた。
その楠が自らの光で二人を包んでいた。
降り積もる光の粒。
生命。
それは命の源。
万物の源。
その金色の光が、全てを包んでいる。
「美しい…何と美しい…」
鉄斎は泣いていた。
全てが終わった。
自らを苦しめる罪悪感。
ここにはそれはない。
生命が全てを包んでいる。
温かい…
全てを包む慈悲の光。
「これで…よかった…」
責める者はもう誰もいない。
鉄斎は自分を許した。
「ありがとう…」
そして全てに感謝をした。
二人の身体が輝いている。
鼓動に合わせて光が強弱を付けている。
二人の姿はもう見えない。
金色の光の粒が雪の様に二人の上に積もっている。
「おお…」
鉄斎は涙を堪えることは出来なかった。
その輝きは真実であった。
『我夢…』
光の中で、彩音が我夢に話しかける。
「彩音…」
「俺は夢を見ていた…」
我夢が彩音を見ていた。
目を開けていた。
彩音が笑っている。
「何の夢?」
彩音が言った。
彩音の声、が我夢に届いている。
我夢は彩音の頬に触れた。
「あっ!」
我夢が急に起き上がった。
「彩音!」
彩音を起こし、抱きしめた。
「声が戻ったのか!」
「苦しい…我夢は大丈夫なの?」
そのうれしさのあまり、我夢は力を入れすぎた。
「彩音!彩音!どうした」
彩音が、我夢の顔を見て驚いている。
「どうした彩音!」
ぽかんとしている彩音の肩を、我夢が揺する。
「傷がない…」
そう言われた我夢が、彩音を見た。
「彩音、お前の傷もない…」
我夢にそう言われて、彩音は自分の頬に触れた。
「ああ…」
無かった。
傷がきれいに無くなっていた。
「我夢!」
二人はまた抱き合った。
「よかった、声が戻って!」
我夢が彩音に言った。
「もう怖くない!」
彩音は我夢にそう言った。
我夢の腕に力が入る。
「俺が守る!」
我夢は彩音に言った。
彩音の瞳から涙がこぼれた。
「うん!」
彩音は笑って頷いた。
「贈り物か?」
真魚がつぶやいた。
『私ではないぞ…』
美しい声がそう言い返した。
「では…」
真魚の口元は笑っている。
「顔は関係ないのだな」
真魚は怖い顔をした神に感謝した。
『意外にお人好しなのだ…』
美しい声が笑っている。
我梦的生命是彩音 夢幻刀
鉄斎は夢幻刀の銘をそう刻み込んだ。
真魚が文字に込めた想いだ。
二つの命が輝き始めた。
それは新しい命の始まりでもある。
全ては夢幻。
自らが刻み込んだ文字の意味を、鉄斎は考えていた。
「過ぎ去れば全ては幻…」
過去の苦しみはもうない。
我夢と彩音。
二人の笑顔が輝いている。
「真実はここにある」
鉄斎は二人を見てそう感じていた。
祈りの傷痕 ―完―