空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二十五
「あれがそうじゃな…」
祠のある楠のちょうど向かい側の林。
その木の上に前鬼と後鬼がいた。
「人と闇が結びつくのか…」
後鬼はその男をそう表現した。
「あそこまで行くには、それなりの理由があったのじゃろ…」
前鬼はそう見ている。
「我夢とやらが…あの男に…勝てるのか…」
後鬼に不安がよぎる。
「あの娘…」
前鬼はその波動に気がついた。
彩音の祈りの波動。
「なるほど…そう言うことか…」
前鬼は、真魚の考えを理解した。
「媼さん、儂らにも役目がありそうじゃな…」
それとなく後鬼に伝える。
「無ければ真魚殿も呼ぶまいて…」
後鬼もその事は理解していた。
「行くぞ!」
そう言うと二人は木の上から跳んだ。
地面を三回ほど蹴る。
三回目の跳躍で楠の前に降りた。
「遅いぞ!」
嵐が二人を窘める。
「ちと、聞き惚れておったわ…」
前鬼が彩音の祈りを讃える。
「彩音を頼む!」
嵐の役目が変わった。
すぐに、嵐が飛んだ。
「気の早い奴だ…」
真魚が笑っている。
我夢は男と対峙していた。
まだ距離はある。
お互い動く様子はない。
「真魚殿、我夢一人で大丈夫なのか?」
後鬼がその不安を真魚に聞いている。
「今はな…」
真魚はそう答える。
「問題は後ろにいるものですな…」
前鬼は既に理解していた。
「それにしてもこの娘…」
前鬼は彩音を見ている。
その祈りの波動に驚いている。
その穢れのない波動が辺りに響いていく。
「俺の予想を超えた…」
真魚の言葉は二人を驚かせる。
「なんと…」
そうつぶやく前鬼の手に、斧が握られていた。
光は闇を引き寄せる。
力は互いを引き寄せる。
「媼さん、気を抜くな…」
「何が起こっても不思議ではないぞ!」
前鬼の斧を持つ手に力が入る。
我夢が夢幻刀を鞘から抜いた。
その瞬間、その波動が大気を揺らす。
「あの刀はあの男を…」
その波動で、後鬼は気がついた。
形の無いものを刀では切れない。
「あの男は既に闇の一部…」
後鬼の不安は的中している。
だが、それを上回るのは、あの刀の波動であった。
「なんと…」
後鬼は感動していた。
美しい祈りの波動。
その波動を光に変える刀。
予想を超えた。
真魚がそう言った。
穢れ無き心が生み出すその力に、後鬼は感動していた。
「おのれ…」
男は刀の波動にたじろいでいる。
予想外のその力…
男の手にも、既に刀が握られている。
龍牙。
鉄斎が拵えた最強の刃。
「おお…」
鉄斎は息を切らしながら、それを見ていた。
あの男だけは許せない。
師の剣術を愚弄し、龍牙を奪われた。
そして、その刃で人を殺め続けている。
同じ剣術を学んだかつての友がそこにいる。
だが、その事実は誰も知らない。
鉄斎が生み出した闇が、そこに存在していた。
続く…