空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二十四
西の空が赤く燃えている。
彩音は楠の祠の前で祈っていた。
その祈りを目の前の楠が聞いている。
嵐はその美しいその祈りを聞きながら、彩音の側で寝転んでいた。
夕闇が迫ろうとしている。
その時であった。
「!」
彩音が祈りを止めて振り返った。
その時には嵐も立ち上がり、その方向を見ていた。
人影が見えた。
嵐には覚えがある。
何度も戦っている。
闇の波動。
彩音はおびえている。
恐怖の記憶が蘇る。
嵐の廻りの大気が膨らんだ。
その一瞬で嵐は本来の姿の戻る。
溢れる波動。
それはあの男も感じているはずだ。
その人影はだんだん大きくなる。
「ほう、これはこれは…」
男は距離を取って立ち止まった。
「まずはその娘からと思っていたが…」
その男はそう言った。
その言葉に、嵐の怒りは膨れあがる。
その波動が大気を揺らしている。
「彩音、俺の後ろに回れ…」
彩音はその言葉で正気を取り戻した。
嵐を盾にして後ろに隠れた。
「俺と戦う気か!」
嵐がその男に聞いた。
腑に落ちない。
嵐と戦って勝てる者など、この世には存在しない。
「だから言っているだろう、その娘に用があると…」
男は彩音の祈りを聞いていた。
この場所が分かったのは、それを感じたからだ。
「そう言うことか…」
嵐はその言葉の意味が分かった。
嵐の波動が膨れあがる。
「おい、おい…」
男は嵐の波動を嫌っている。
そう言いながらも、男の口元に笑みが浮かんでいる。
一度手の内を見られている。
嵐が畏れているのは男の後ろにある気配だ。
そこには確かにある。
彩音がいる以上、自由には動けない。
彩音を乗せて跳ぶ事も出来るが、嵐には自信が無い。
彩音の動作に、全てを合わさなくてはならない。
「そのうちに…」
嵐はこの体勢のまま待つことに決めた。
「俺たちはつながっている…」
真魚は必ず来る。
嵐は確信している。
なぜなら、その波動を既に感じているからだ。
「彩音、畏れるな俺たちがいる!」
「いつものように祈れ!」
嵐が彩音に言った。
彩音は祈り始めた。
彩音の身体が輝きだした。
いつもと違う。
特異な状況が彩音の何かを変えた。
その波動が広がる。
美しい。
その音色に森が反応している。
「なんだ、これは!」
男が驚いている。
穢れなき波動を畏れている。
祈りの木を中心に光が広がっていく。
「彩音!」
その時声が聞こえた。
我夢の声だ。
後ろに真魚もいる。
鉄斎は二人の速さには、ついていけなかったらしい。
「遅いぞ!」
嵐が真魚に向かって言った。
「おかげで、いいものが手に入った」
真魚が笑っていた。
続く…