空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二十三
森が静かすぎる。
何かが起ころうとしている。
小鳥の鳴き声も聞こえない。
縛られている。
見えない何かにおびえている。
森は何かを畏れている様であった。
突然、真魚が印を組んだ。
ひゅっ
真魚の呼気と共に、波動が広がる。
それは水の波紋の様に広がっていく。
その波動に触れたものは、その者の輝きを知る。
すると、そよ風が吹き始めた。
小鳥の鳴き声が聞こえた。
森のおびえはいつの間にか消えていた。
我夢が刀を抜いた。
その様子を皆が見ている。
いつもの練習場所だ。
夢幻刀。
真魚がそう名付けた。
風が流れている。
風の流れを刀が纏う。
「ほう…」
真魚が、我夢の変化に気づいた。
「あっ!」
彩音が声を上げた。
その刀の波動を感じたのだ。
「見違えるようじゃなぁ…」
その横で嵐が感心している。
「こんな短時間でここまでなれるとは…」
鉄斎が見ている。
我夢が一振りする。
ひゅっ
刀が風を切る。
「あ!」
彩音には見えている。
その波動を感じている。
「これは…」
嵐が驚いている。
「真魚、これは…」
嵐には分かる。
ただの刀ではない。
真魚が宿した霊力。
それだけではない。
「上出来だ!」
「我夢、もういいぞ!」
真魚は満足している。
「お主、恐ろしいものを生み出したな…」
嵐が真魚に言った。
「俺が拵えたものではない…」
真魚はそう言う。
だが、嵐にはその本来の力が見えていた。
真魚がこの刀に組み込んだ仕組みに驚いていた。
「この刀は人を殺める刀ではない…」
「生かすための刀だ…」
真魚が我夢に言う。
「わかっている!」
我夢はそう言って、刃先を見つめている。
その中から溢れる波動を、我夢は感じ取っている。
「こういうことでしたか…」
鉄斎が何かに気がついた。
「そうだ…」
真魚が答える。
鉄斎は、仕組みの一部に気がついた。
「何の事だ!」
我夢がその意味を知りたがっている。
「あの鉄じゃ!」
「あの鉄の意味が見えてくる…」
鉄斎が笑っている。
「全ては真魚殿の懐にあったようじゃな…」
鉄斎は満足している。
全てをこの刀に注ぎ込んだ。
そう言う微笑みであった。
人生の中でこれだけのものを生み出せた。
その事に満足していた。
「ん!」
嵐が鼻をくんくんしている。
風に乗って何かの臭いが運ばれてきた。
「おい、真魚!」
嵐が機嫌を損ねている。
真魚はそれを見て笑みを浮かべる。
真魚は、その臭いの元に気づいている。
「あの男が気になってな…」
真魚が嵐にいい訳をしている。
「まあどうと言うことはないが、うるさいのでな!」
嵐がそう言って、木の上を見ている。
がははははは~っ!!
「何がうるさいじゃ~!」
その声は木の上から聞こえる。
我夢が刀を構える。
「仲間だ…」
真魚の言葉で我夢が警戒を解く。
木の上から二つの影が飛び降りてくる。
木の枝を巧みに利用して、地面に降り立った。
「今頃、のこのこと…やって来おってからに…」
嵐が悪態をつく。
「お主に呼ばれた訳ではないわ!」
前鬼が嵐に挨拶をしている。
「真魚殿によばれたのじゃ!」
後鬼が事実で嵐を脅す。
「あ、あ、…」
その姿を見て彩音がおびえている。
角が生えている。
同時に波動も感じ取っている。
彩音をおびえさせているのは、視覚からの情報であった。
「俺の仲間で前鬼と後鬼だ…」
真魚が二人を紹介する。
「質の悪い鬼だ!」
嵐が紹介する。
「鬼…なのか…」
我夢が驚いている。
「鬼を使うなどまるで神じゃな!」
鉄斎が呆れている。
「それより真魚殿、いましたぞ!」
前鬼が本題を切り出した。
「あの男か!」
その言葉で全員に緊張が走った。
「あの力…ただ者ではありませぬな…」
後鬼はそう感じていた。
前鬼と後鬼は闇の奥の闇のことを言っている。
「この刀…」
前鬼が気づく。
「ほに!」
後鬼も感じている。
二人の目が彩音を睨んでいる。
「あ…」
その眼力に彩音が戸惑っている。
「真魚殿!」
前鬼が、その仕組みに気がついた。
「ほんに、ほんに!」
後鬼は感心していた。
「我夢、覚悟はいいな…」
真魚が我夢に向かって言う。
「ああ…」
我夢の目の色が変わった。
「一太刀残しておけ」
真魚がそう言うと我夢は構えた。
練習につきあってくれた木に一礼する。
そして、木の皮に一太刀入れた。
枝を切り落とす様なことはしない。
大木の表面に見事な一文字が描かれた。
「それでいい…」
真魚が大木に刻まれた傷痕を見ている。
この傷を見た男は必ず現れる。
我夢は自らの頬の傷に触れた。
彩音の頬にも傷がある。
あの男が付けた傷だ。
我夢は夢幻刀を腰の鞘に収めた。
この時が来た。
我夢が待ち続けた時だ。
そのためだけに生きてきた。
木に刻まれた傷痕。
頬の傷。
我夢から溢れ出す波動。
それは皆に伝わっている。
もう後戻りは出来ない。
その様子を、彩音は不安そうに見ていた。
続く…