空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二十一
真魚と嵐がこの地に来て、二ヶ月ほど過ぎた。
あれ以来あの男は見ていない。
だが、何処かで見ていることは明らかであった。
真魚と嵐は楠の祠の前にいる。
彩音も一緒だ。
空は青く澄み渡っている。
大地から溢れる生命の力。
その中にいる。
「これでいい…」
真魚が小さな祭壇を作った。
そこに我夢と鉄斎が現れた。
刀を持っている。
完成したのだ。
鞘や柄はそれ程手の込んだものではない。
間に合わせたと言う程度のものだ。
だが、その外観からでも、その出来映えが感じられた。
「真魚殿、これを…」
そう言って鉄斎が真魚に刀を渡す。
真魚は黙って受け取ると、それを祭壇に置いた。
「その辺りに座っていてくれ…」
真魚は我夢と鉄斎に言う。
「彩音、いつものように祈れ」
真魚が彩音に優しく声をかけた。
彩音と真魚は祭壇の前にいる。
その後ろに鉄斎と我夢が並ぶ。
嵐は一番後ろに座っている。
彩音は手を組むと、目を閉じた。
真魚は五鈷鈴を鳴らした。
ちりりぃぃぃぃん
その音色が場を形成する。
その場はどんどん広がっていく。
彩音の波動がその場を伝う。
その音を楠が聞いている。
この楠は彩音の祈りを毎日聞いていた。
祠には神はいない。
だが、楠には神が宿る。
彩音の祈りは楠に伝わり大地に広がっていく。
森の木々がそれを受け取る。
辺りの森の波動が変わる。
「彩音、いつの間に…」
我夢は驚いている。
森が揺れている。
彩音の祈りに合わせて。
その祈りはどんどん膨れあがる。
森が美しい波動で満たされていく。
真魚が印を組む。
七つの輪が発動する。
真魚の身体が光り始める。
彩音の祈りの場に真魚の生命が広がっていく。
真魚は真言を唱えた。
大日如来の化身、不動明王の真言であった。
光の粒が空間に出現する。
突如空間に現れ、雪の様に舞い降りる。
金色の世界が広がっていく。
「な、何と…」
鉄斎はその世界に見とれている。
光の扉が開く。
金色の幕が舞い降りてくる。
金色の光が聞こえる。
美しい音色が聞こえる。
その音色は聞く者によって違う。
その者が美しいと感じる音色。
その光の音は、聞く者の心で再現される。
「おお…何と美しい…」
鉄斎は感動している。
我夢は言葉が出ない。
ただ、圧倒されている。
楠が金色に輝いている。
光の木。
それは神の木であった。
光の粒が楠に集まっていく。
それが形を形成していく。
人のような形になっていく。
剣を持っている。
『何の用だ…』
「大日大聖不動明王様…」
真魚は光にそう言った。
「これにございます…」
真魚は刀を献上する。
『見事な品だ』
神は持っていた剣を、その刀に当てた。
刀が光り始める。
光の粒が集まっていく。
刀は金色に変わる。
『面白いではないか…』
神はそう言った。
その真魚の横で彩音が泣いていた。
目を見開いて涙を流している。
彩音の祈りが通じたのだ。
十数年祈り続けた願いが通じたのだ。
それは楠が聞いていた。
その想いは既に神の懐にあった。
『案ずるな…』
その険しい表情からは、相反する慈悲の光が伝わる。
言葉ではない。
だが、そう言っているように我夢には聞こえた。
その溢れる光の情報は、人が抱え込めるものではない。
それは理の全てだ。
「あ、あ」
彩音に光が集まっていた。
彩音は驚いて光と戯れている。
光と戯れて舞を踊っている。
彩音が光の舞を踊っている。
『あの娘が切り札か…』
美しい声が、真魚の心に響く
彩音が回っている。
光と回っている。
「そうなるかも知れぬ…」
真魚がその声に答えた。
「美しい…」
我夢は、彩音のその姿を見て思った。
彩音の祈り。
それが光を集めている。
慈悲の光が導いている。
行くべき道を照らしている。
我夢はそれに気がついた。
光は集まり、更に耀く。
「彩音…」
彩音の光が、我夢の未来を照らしていた。
続く…