空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二十
その日が来た。
刀に命が入る。
鍛冶場がうす暗いのは、炎の色を見るためだ。
火床の炎が揺れている。
今から焼き入れが始まる。
珍しく側で真魚が見ている。
邪魔にならないように、少し距離を取って座っている。
鉄斎は鞴で火床の炎を調節している。
炎の温度が刀の命を決める。
それを刀工は目で見る。
炎の中の刀の色で、それを判断する。
物質は燃えるときの色がある。
色で温度が分かるのだ。
その色を目だけで見極める。
名工は、数度たりとも狂うことはない。
鉄斎は火床に刀を入れる。
鞴で炎を調節する。
真剣な目でそれを見る。
刀が赤く燃えている。
鉄斎は赤く燃えた刀を火床から取り出した。
一瞬で、色を判断すると、それを水に浸けた。
じゅうううぅ…
赤が水の中で消えていく。
鉄斎は刀を水から上げた。
「見事だ…」
そう言うと、真魚はその場を立ち去った。
「これが…」
我夢は感動していた。
黒ずんではいるが美しい。
「これは…」
鉄斎は感じた事の無い違和感を覚えた。
だが、口元に笑みがこぼれている。
その違和感は悪いものではない。
「親父、何故笑っている」
我夢はその笑みの意味が知りたい。
「さすがは真魚殿…」
鉄斎はそう言った。
「どういうことだ!」
我夢には理解出来るはずもない。
これは、何百という刀を拵えたものの勘だ。
その勘が言っている。
そこに理由などないのだ。
「超えた…」
鉄斎は目に涙を浮かべている。
「本当か!」
我夢はその言葉を聞きたかった。
「間違いない」
鉄斎は愛でる様に、熱を持った刀を確かめている。
「持ってみるか?」
鉄斎にそう言われ我夢は持った。
「こ、これは!」
分かった。
超えたと言う意味が理解出来る。
何故だか分からない。
鉄斎の最高傑作である。
それが、我夢の関わった初めての刀になった。
初めて触れた刀が、究極であった。
我夢は感じている。
そこに込められた想い。
刀の中に宿る魂を感じていた。
「磨くぞ!」
鉄斎は我夢にそう言った。
「はい!」
我夢にはその焼けた刀が、輝いて見えていた。
続く…