空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十八
あれからひと月が過ぎようとしていた。
楠の祠の前に彩音はいた。
祈りを捧げている。
祠に神はいない。
だが、彩音のその祈りは神に届いている。
それは側にいる嵐が一番分かっている。
なぜなら嵐は神だからだ。
祈りの波動がどこに伝わるのかは分かっている。
彩音は毎日祈りを捧げている。
もう十年以上は続いている。
嵐はその祈りを感じている。
彩音のその気持ちが嵐にも伝わる。
「彩音の祈りは美しいなぁ…」
嵐がその祈りを聞いている。
その穢れのない気持ちは、波動にも表れる。
「最近、我夢の奴もちょっと変わってきたなぁ…」
嵐は我夢の変化を感じていた。
真魚との剣術の修行。
鉄斎との刀の制作。
どちらも気が抜けない。
彩音はお祈りを終え、側に座った。
「たくましくなったなぁ…」
座った彩音に、嵐は問いかけた。
「?」
彩音はきょとんとしている。
「彩音も我夢も、たくましくなったと言っておるのだ!」
嵐が彩音に説明する。
彩音は笑っている。
「心配するな、俺らがおる!」
嵐は彩音にそう言った。
「あ!」
『ありがとう』
彩音の言葉が聞こえる。
この頃には、嵐も大抵のことはわかる様になった。
「たまには、歩み寄ることも必要かも知れぬな…」
あの嵐がそんな言葉を言った。
神である嵐が、人に歩み寄ることなどあり得ない。
だが、嵐は変わりつつある自分を楽しんでいる。
無理にではない。
真魚に出会い、様々な人に出会うことによって、
気がつけば、変わっている自分がいた。
自然とそうなった自分に呆れながら、それを楽しんでいる。
無理に変わる必要は無い。
変わって行くものなのだ。
嵐はそれを受け入れていた。
「俺には青嵐という兄がいたのだ…」
彩音に青嵐の話をし始めた。
「ある男に心を操られた…」
彩音がそれを真剣に聞いている。
「だが、その心の奥底に兄者はいた」
「真魚のおかげで救うことができた」
「真魚がいなければ永遠に離ればなれだったかも知れぬ…」
彩音が両手を広げる仕草をした。
『今はどうなったの?』
と聞いているようである。
「俺の中にいる」
嵐が言った。
「!」
彩音が驚いた顔をしている。
その事が理解出来ないらしい。
「彩音と我夢が、手を繋ぐようなものだ…」
嵐がそういう言い方をした。
「!!!」
彩音が顔を赤らめて困っている。
人の心は、嵐と青嵐の様に融合することはない。
だが、触れ合うことはできる。
好きな人と話す時、人の波動は混じり合う。
まるで音楽のように響き合う。
嵐にそう言われた時、彩音は我夢の波動を探した。
無意識に探した。
それを嵐に感づかれたのが恥ずかしのである。
「我夢のことは真魚に任せておけ…」
「神である俺を救った男だ…」
嵐が彩音にそう言った。
彩音は空を見て一度だけ頷いた。
続く…