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空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十七








我夢は真剣を持っている。

 


木刀での修行は終わったようだ。

 


だが、その真剣を地面に向けていた。

 


地面に向けて何かをしている。




挿絵(By みてみん)




「こんな事が剣術の修行になるのか?」

 


我夢はその修行に疑問を持っている。

 


「箸は使えるだろう…」

 


真魚が我夢に言った。

 


「当たり前だ!」

 


我夢の顔が赤い。

 


怒っているわけではない。

 


うまく行かない。

 


必死なのだ。

 


「箸はただの二本の棒だ」

 


「その棒でさえ上手く使えば道具になる」 



我夢は、真魚の言葉の意図を汲み取った。

 


「箸と刀は違う…」



だが、真魚の出した課題は難題であった。

 


我夢の足下には、椚の実がが置かれている。

 


俗に言うどんぐりの実だ。

 


この実に刀の切っ先で文字を書けと言うのだ。

 


「最初は一でいい」

 


真魚にそう言われたが、その一ですら難しい。

 


椚の実は転がる。

 


刀は重い。

 


我夢の手首に負担がかかる。

 


刀に力を入れると椚の実は転がる。

 


追いかければ実は逃げる。

 


刀とどんぐりの追いかけっこが続く。

 


体力よりも精神力が保たない。




「本当にできるのか?」

 


我夢は集中力が切れかけている。

 


「これを持っておけ」

 


真魚はそう言って、持っていた棒を地面に立てた。

 


「持ち上げるな、持っておくだけでいい」



我夢は棒を持った。

 


「刀を貸せ!」

 


真魚は我夢から刀を受け取った。

 


そして、刀の切っ先を椚の実に立てた。

 


真魚が手首を数回捻ったように見えた。

 


椚の実は全く動かなかった。

 


その実を真魚は拾って我夢に渡した。 



「なんだ!これは!」

 


そこには梵字が書かれていた。

 


我夢に読めるはずがない。

 


それよりも、我夢が気に入らないのは、真魚が書いた文字だ。



このような複雑なものを書いた事だ。

 


書は後に三筆と言われるほどの腕前である。



それはもう描いたと言っていい。



天と地ほどの差を見せつけられた。

 


「まだやるか?」

 


そう言って真魚は我夢に刀を渡した。

 


その反動で、無意識に我夢は棒を返そうとした。



「なんだ!これは!」



棒はぴくりとも動かない。

 


「だから言ったであろう…」

 


真魚がそう言って軽々とその棒を肩に担いだ。

 


「こつがある…」

 


真魚は笑っている。

 



我夢は信じられなかった。

 


世の中は広い。

 


このような男がいる。

 


この時、我夢は初めて真魚を恐ろしいと感じた。

 


真魚があの男を畏れない理由。

 


それを身をもって感じた気がした。

 


真魚は側の石に腰をかけた。

 


「俺の知り合いに片腕のない男がいる…」

 


「そいつが言うのだ、時々その人差し指がかゆいと…」

 



「腕がないのにか…」


我夢は驚いている。

 


「無い腕で鼻を掻くこともあるそうだ」

 

真魚はそう言って、自分の手を見ている。

 


「そのうちに殻がわかる様になる…」



「殻?」

 

我夢にはその意味がわからない。

 


「感覚とはそういうものだ…」

 


真魚の口元に笑みが浮かんでいる。

 


我夢は持っていた殻を手でなぞってみた。

 


「こ、これは…」


我夢はその実を見つめたまま動かない。

 


椚の実には殻がある。

 


真魚が書いた実には、虫食いの穴が開いていた。

 


真魚の文字はその穴を避けている。

 


切っ先でなぞり、何もない所に書いたのだ。



見たのではない。

 


感覚なのだ。

 


それがわかる。

 


理屈ではない。

 


真魚ならそうする。

 


それが出来る。

 


我夢はそれを見たまま動かない。

 


だが、あきらめたのではない。

 


そこに未来を見つけたのだ。

 


我夢はその未来を見つめていた。

 


書かれた文字は刀の動きだ。

 


その文字を追っている。

 


真魚が描いた未来。



『これが出来れば、奴に近づく…』

 


我夢は、自らの未来を切り拓いていた。




挿絵(By みてみん)






続く…




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