空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十六
龍牙を超える刀。
翌日から鉄斎は制作に取りかかっていた。
もう迷いはない。
だが、真魚が持って来た鉄が、気がかりであった。
手応えは感じている。
鍛錬の感じから、ある程度はわかる。
しかし、どう仕上がるかは予想できない。
鉄斎が引いている仕上がりの線。
その内側か外側かは、焼き入れが終わるまでわからない。
だが、鉄斎の頭の中では、既にそれは完成されている。
あとはそのその工程を進んで行くだけであった。
「親父、真魚はどうしてこの鉄を持って来たのだろうな?」
我夢は鉄を打ちながら鉄斎に言った。
「余計な事は考えるな、邪念は禁物だ!」
鉄斎は我夢を窘めた。
だが、鉄斎自身もそれが気になっていた。
もとは真魚が依頼した刀である。
それがいつの間にか一人歩きをしている。
龍牙を超える…
だが、真魚自身の刀ならばその必要は全くない。
『どのようにして龍牙を超えるのだ…』
真魚はそう言った。
真魚のこの言葉で鉄斎は閃いた。
どのようにして…
この言葉に、超える仕組みが隠されていた。
真魚が持って来た鉄。
真魚の言葉。
我夢を救ったのも真魚だ。
真魚が全ての始まりなのだ。
そう考えると、真魚がこの刀を依頼した理由は一つしかない。
あの男を倒すことだ。
我夢に剣術を教えている。
我夢がこの刀を打っている。
「全てはつながっている…」
「ただ一度…」
「あの男を見ただけで、全てを見抜いたのか…」
鉄斎はその事実に気づき驚愕した。
本当に恐ろしいのはあの男ではない。
鉄斎はその考えを確信している。
「佐伯真魚…」
「この世で一番恐ろしい男かも知れぬ…」
真魚の中の輝く光。
まぶしすぎる光は闇を隠す。
「光と闇…」
鉄斎の口元に、笑みが浮かんでいた。
嵐は今日も彩音の守り神だ。
彩音は畑を耕している。
そして種を蒔いている。
真魚も手伝っていた。
嵐は畑の側の草むらで寝そべっている。
「あの竹の子鍋はおいしかったなぁ…」
嵐は食い物の事ばかり考えている。
その味を思い出すだけで幸せであった。
美味しいは、幸福感をもたらす。
命を摘む罪悪感は微塵もない。
それどころか…
「罪悪感を和らげる為に、味が存在するのだ…」
と言っているようである。
だが、本来はそうではない。
有害なものを身体に取り込まない。
味はその裏で、命を守るしくみの一部でもあるだ。
「彩音、今日は行かないのか?」
「行っても良いが、あれだけ採った後だからなぁ」
真魚が、彩音の代弁をしている。
それを聞いた彩音が笑っていた。
鉄斎は我夢にある変化を感じていた。
始めた頃は、何もかも力任せであった。
それが最近は、力が抜けている。
だからといって気を抜いているのではない。
打つ一瞬にだけ力を込めるようになった。
真魚との剣術の修行。
我夢が打つ金槌の音だけで、剣術がどれだけ上達したかが見える。
その成果がここにも現れている。
一つが変われば全てが変わる。
刀に向かう我夢の目。
既に、憎しみには支配されていない。
何かを見いだそうとしている。
我夢が打つ一打一打が、我夢の心を変えていく。
全てが一つに向かっている。
その事が、全てを変えようとしていた。
だが、我夢はまだ気づいていない。
それでも、鉄斎はその事がうれしかった。
続く…