空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十三
剣術修行を始めてから数日が経った。
その進化は目を見張るものがあった。
だが、あの男を倒すためには、超えなければならない壁が存在した。
真魚と我夢が修行に使っている場所。
その場所は、幼き頃より我夢が剣術を磨いていた場所だ。
あちこちの木々に刀傷がある。
幼き頃より我夢が父の刀でつけたものだ。
その刀傷があの男に見つけられた。
しかし、見つかった原因は他にもあった。
あの男が感じ、我夢が感じないもの。
そこに決定的に差が生まれる。
「木にも命がある」
「お主が傷つけた木にも命がある…」
そんなことは我夢にもわかっている。
その意味は理解している。
「手をかざしてみろ、今のお主ならわかるはずだ…」
真魚はそう言って、自分の手を木にかざした。
我夢も同じようにして手をかざす。
「あ、温かい…」
生命が溢れてた。
その波動が手に伝わってくる。
それを温かいと感じた。
生命の波動が手に触れる。
「では、俺は今まで…」
我夢は自分の行いを恥じた。
「あの男は聞いている、感じている」
真魚が言った。
あの男が来たのは偶然ではない。
我夢自身が呼び込んでいたのだ。
木の叫び、刀傷、込められた憎しみ。
これら全てがあの男の餌となったのだ。
「この木はもう長くない…」
真魚は一本の木に触れた。
その木は、我夢が木刀を打ち込んだ木であった。
「最後の仕事だ…」
真魚が言った。
「俺に命をくれたのか…」
我夢はその事実に驚いていた。
「命は意思…」
そして、感謝していた。
「俺が命を…」
我夢は自分が傷つけた木々を思う。
「人は命を頂いている…」
「人だけではない、命あるもの全てがそうなのだ…」
「それを恥じる必要も無い」
「その仕組みは神が組み込んだものだ…」
真魚は我夢に言った。
「考えた事もなかった…」
我夢は真魚を見ている。
「だが、無駄にしてはいけない…」
「この慈悲の生命を、無駄にしてはいけない…」
真魚はその生命を感じている。
「良き心だけが…それを生かすことが出来る…」
真魚は我夢に言った。
「はい!」
真魚の言葉が染みこんでくる。
今まで感じた事はなかった。
考えた事もなかった。
だが、我夢は変わり始めていた。
我夢は全てを受け入れようとしていた。
同じ頃…
鉄斎は鍛冶場で考え込んでいた。
今日の仕事は終わった。
いや、終わらせたと言う方が正しい。
刃に使う鋼は出来ている。
問題は真魚が持ってきた鉄だ。
それを今仕上げている最中である。
面白い鉄であった。
どのようにも出来る。
鉄斎はそう考えている。
だが、それだけに仕上がりの感じがつかめない。
真魚には何も注文はされていない。
真魚は鉄斎を信頼している。
この世で鉄斎以上の刀鍛冶は存在しない。
「あれを凌ぐ刀…」
鉄斎には気になる刀が存在している。
それは最後に打った刀だ。
― 龍牙 ―
鉄斎はそう名付けた。
攻撃のみに徹したその切れ味はまさに龍の牙であった。
最強の刀である。
「あの刀を超える…」
鉄斎はその事を考えていた。
龍牙を超えなければならない。
「あの切れ味を超える…」
「そして、あの強さを超える…」
そう思ったとき背中に悪寒が走った。
身体が震えた。
あの男を思い出した。
龍牙は今、あの男の手にある。
あの男は鉄斎の刀を奪い、人を殺めたのだ。
それも、一人や二人ではない。
刀は人の命を奪う。
だが、それには理由がなくてはならない。
大義が必要であると…
鉄斎はそう考えてきた。
だが、あの男は違った。
あの死んだような目。
殺戮だけを楽しんでいた。
その殺戮に、自分が生み出した刀が使われたのだ。
そして、その刀が我夢と彩音の父を殺した。
我夢と彩音も傷つけた。
傷つけられた母親も、長くは生きられなかった。
我夢と彩音の未来を、鉄斎は引き受けた。
その理由があの男なのだ。
「あの男の刀を超える…」
その事に人生をかけようとしていた。
鉄斎も心の中の闇と戦っていた。
続く…