空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その十
次の日、我夢は約束どおり鉄斎の仕事を手伝っていた。
小さい頃から仕事は見て来た。
だが、手伝うことはしなかった。
我夢の心にあったものは、あの男に対する憎しみだけだった。
暇があれば木刀を振り回し、剣術を磨いていた。
だが、その剣術も素人の域を少し出た位であった。
鉄斎は刀鍛冶を手伝うことを強制はしなかった。
だが、復讐の為の剣術も教えることはなかった。
「なあ、真魚よ…」
「何だ…」
畑の草の上に真魚と嵐がいた。
「こんなところで油を売っていても良いのか?」
「お主にはやるべき事があるのではないのか?」
嵐が真魚に話しかける。
「乗りかけた船だ…」
「それに、あの男は危険だ…」
それは、真魚もわかっている。
だが、それよりも心配なのは我夢と彩音の事だ。
あの男を放っておけば二人が危ない。
今の我夢の剣では、あの男には勝てない。
その他にもうひとつ気になることがある。
あの男が闇の力をどれだけ引き出せるのか…
それが気になっている。
闇の力に対抗できるのは、真魚と嵐だけである。
あの男が、闇の力を引き出すことが出来るのならば話は別だ。
どんな剣の達人でも敵わない。
剣や刀では倒すことができないからだ。
もし…
あの男が、自由にその力を使いこなすことが出来れば、
人は太刀打ち出来ない。
闇に利用されているだけならばそれでいい。
だが、もし使う事が出来るのならば厄介な相手になるだろう。
使うか、使われるかは大きな差となる。
「闇の力か…」
嵐もそれは同じ考えだ。
「お主もそれをわかっていたのであろう…」
真魚は嵐の考えを見抜いていた。
「彩音の事か…」
「そうだ」
真魚は笑っている。
「封じ込められた想い…」
それは、彩音の中にある。
嵐はその事に気づいていた。
それは祈りの力だ。
その心は神に最も近い場所にある。
嵐はそれに気づいていた。
あの男の闇の力。
彩音の祈りの力。
二つの力がここにあるのも偶然ではない。
「だが、まだ時間が必要だ…」
真魚はそれを危惧している。
「それまで、あの男が待ってくれれば良いがな…」
嵐も同じ考えであった。
「奴は何を欲しがっている…」
真魚は考えていた。
その目的がわからぬうちは、動きようがない。
「あの時、奴は逃げた…」
「俺と戦う事はしなかった…」
「戦うつもりではなかったのかも知れぬ…」
その波動を感じ、真魚が駆けつけた。
真魚の存在は想定していなかったはずだ。
「刀傷の主を見に来ただけ…」
「そういうことか…」
真魚にある考えが閃いた。
「あの時が初めてではない!」
そうであるならば、まだ時間はある。
その考えは、真魚の中で確信に変わりつつあった。
「奴はどこからか見ている…」
「なんだと…」
嵐が気配を探る。
だが、何も感じない。
「時が来れば必ず現れる…」
真魚は確信している。
「いつだ!」
「それは奴が決める」
「果実が熟するのを、奴は待っている…」
真魚には、その時が見えている。
「それが、奴にとって食べ頃という訳か…」
嵐は真魚の意図を正確に汲み取っていた。
「そうだな…」
真魚が口元に笑みを浮かべていた。
続く…