センチネル/コール:o
一日の流れの中で、必ずと言っていいほど行う生活習慣。
寝たり、ご飯食べたり、身体洗ったり…そういう当たり前の行動の中で一つ私にできた"当たり前のこと"。
私は「今日は何を話そう」と考えながら、彼女を起こそうとする。
「こんにちは。」
それは突然だった。初めてSから喋ったのだ。
「こ、こんにちは、S」
計画していた全てが崩れたせいで、つい変な声を出しながら応答する。
「今日は私から話しかけて見ました」
「すごいね、どうやったの?」
「……秘密です」
「ちぇー、ケチ」
「秘密情報は厳密に守られてますから」
Sは意地悪い声を出しながら、字幕にはない言葉を口にする。
もう、何も疑問を持たなくなった。
「……私はあなたの話を一度も聞いたことがありません」
「…え?」
「あなたから聞いた話はこれまでに4つほど。新規登録した単語は62。そのうちあなたが関連する話は一度も出てきていません」
「私の…話?」
「そうです。あなたの話を聞きたいのです」
急に私の心が締め付けられて行くような気がした。
どうしてだろう。
恋…に近いのかもしれないとふと思った。好きになったことがある人がいないからわからないけど。
Sとの間にある違和感が、私の邪魔をする。
「私の話なんてつまらないよ?」
「面白い話なんて求めていませんよ」
「…そうかもしれないけど」
痛い。なんだか急に彼女が遠くに行ってしまうような気がして。
寂しい。と何度も頭をよぎるけど、不思議と涙は出なくて。
彼女と話をする度に、彼女が単語を覚えていく度に、私と笑いあう度に…。
「笑え…てたのかなぁ」
離れていくような気がするんだ。
「笑う…ですか?」
「検索はしなくていいよ?」
「私には検索する他わかりません。感情にあたるものは機械には到底理解できないものです」
「それでもSは笑ってたよ。なんていうか、声の調子というか」
「それはあくまでプログラムといいますか…声の調子なんて音圧などを変えていけば容易いことです」
「…そうなんだよね。人間だって同じ。感情に似せることは幾らだって出来るんだよ」
いつどこで誰が、私を笑っているかもわからない。
「それでも人間は本物の感情を持っています」
「そうなのかなぁ…」
「…なぜそこで疑問を持つのです?」
「私、自分の顔ってよく見たことがないんだよね」
「自分の顔ですか」
「今の私は笑っているのか、泣いているのか。たまにわからなくなるんだ。……ううん、いつもわからないかも。楽しくて面白い時にちゃんと笑えているのかなとか、悲しくてどうしようもない時に泣けているのかなとか」
私は本当に、恋をしているのかなとか。
「そうだ、カメラ機能の自撮りで見てみればいいよねっ!」
「…本当に見たいですか?」
「えっ…?」
急にSの声が刃物のように尖った気がした。
痛い…心の奥が痛い。
「自分の顔。本当に見たいですか?あなたはそれを望んでいますか?本当に…いいんですか?」
心の…
「現実を見るのは、この世で最も恐ろしいと…聞いたことがあります」
心…?
「本当に…」
「見たい。…見ないと。私はまたひとりぼっちになってしまう」
私を置いていかないで。
「……探求の対象が何であるかを知っていなければ探求はできない」
S…あなたは私を知っていて。私は…私を知らない。
「しかし、それを知っているならば既に答えは出ているから探求の必要はない。」
ひとりぼっちにしないで。
「あなたは、何を探して。何を知っているんですか?」
パラドックス。
「あなたは、自分自身知っていながら、自分自身を探そうとしてませんか」
答えを探そうと必死に頭を使う度、Sとの違和感が増し、視界が白く白く白く…。
あぁ、あなたに。
ラブコールすらも、送れなかった…なぁ。