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邪ン賢

作者: 鈴原雪音


かつて、たくさんの人々を魅了し、狂わせた競技があった。


 知る人ぞ知る伝説の競技。


 その名は、(じゃ)(けん)


 多くの人はこの言葉の響きに聞き覚えがあるかもしれない。しかしそれはジャンケンであり、邪ン賢とは似て非なるものである。

邪ン賢のルールは単純だ。三つの型があり、それぞれ(ぐー)(ちー)(ぱー)と呼ばれている。決して、グー、チョキ、パーではない。

 では、それぞれの型の説明をしよう。全て片手でできる簡単な型である。

寓は、五本の指を全て曲げ、拳をにぎる型。血はひとさし指と中指を伸ばし、他の三本の指を曲げる型。羽は、全ての指を真っ直ぐに伸ばす型だ。

 勝敗については、ジャンケンと同じである。寓は血に勝ち、血は羽に勝ち、羽は寓に勝つ。だが、邪ン賢はジャンケンではない。邪ン賢はとても昔からある伝統的な競技であり、これにまつわる説話はいくつも語り継がれている。かの有名な聖徳太子も、邪ン賢の魅力にとりつかれた者の一人だったそうだ。

 ここでは、十歳にして邪ン賢大戦に参加し、数々の邪ン賢マスターを打ち破っていった私の娘、唯子の話をさせていただこうと思う……。



 こんにちは。

 私は沢野唯子、十才です。

 私のパパは邪ン賢マスターという称号を持ったスゴい人らしいのですが、私にはよくわかりません。

 パパは夜になると、白い下着と、黒いマントとボウシだけをつけて出かけていきます。近所のおばさんや、学校の先生はパパのことを「変態だ」「頭がおかしい」と言っていましたが、私にはよくわかりません。

 私が生まれたとき、パパは嬉しくてVサインをしたのですが、私は手を握っていました。この時、パパは気づいたらしいのです。自分は邪ン賢の血の型で、娘は寓の型を出していることに。

 それは、パパが初めて邪ン賢で負けた瞬間だったそうです。

 そのことがきっかけで、パパは私のことを邪ン賢女王になるべくして生まれた者だと言ってきます。正直迷惑なのでやめてほしいです。


 これは私とパパの、ちょっとした日常のお話。



「トントン」

パパの声がした。ドアをノックせずに口でトントンと言うのは、パパの癖。

「なに?」

少しドアが開き、そこからおどおどして、不安そうなパパの顔がのぞく。

「唯子……ひま? ひまだったらパパと一緒に……」

「ひまだけど、どうしたの?」

 ……しばし沈黙。

「一緒に邪ン賢大戦に行こう!」

邪ン賢大戦。パパがいつも夜に黒いマントを着て行くやつだ。

「まだ昼間だよ? パパはいつも夜にでかけるよね?」

「今日は特別なんだ。来てくれる……?」

「うん、いいよ。パパとおでかけなんて久しぶりだね!」

私の返答を聞き、満面の笑みをうかべるパパ。私と一緒にいる時パパはいつもニコニコして楽しそう。そんなパパを見ていると、自然と私も幸せな気持ちになる。

「今すぐ準備するから待ってて!」

そう言うとパパは、急いで私の部屋を去って行った。

 

 数分後、私の部屋に戻ってきたパパが手に持っていたのは、レースがたっぷりとついた真っ黒のドレス。

「うわぁ! かわいい! それ、着ていいの?」

「あぁ、かわいい唯子のために買ってきたんだよ!」

そのドレスは私の大好きなアニメに出てくる魔法少女が着てるものにそっくりだった。着替えて鏡の前に立ち、スカートの裾を持ってくるくる回ってみたり、おじぎをしてみたり。これに魔法のステッキがあったら完璧なのに。


こうして、黒のドレスを着た私と、黒のマントを着たパパは、邪ン賢大戦の会場へと向かうのでした。


「ここが会場だ。いくよ」

「うっ、うん」

 その会場は、町はずれにあるビルの地下にあって、今にもおばけがでそうな不気味な雰囲気……

 パパがドアをあけると、そこには薄暗い空間が広がっていて、パパみたいな真っ黒な服装をしたおじさんや、お姉さんたちがたくさんいる。

「やぁ、沢野氏。まっ、まさかそちらは噂の娘さんですかね?」

話しかけてきたのは、小太りで汗だくのおじさん達だった。

「あぁ、娘の唯子だ」

パパの紹介にあわせて、私は軽く会釈。

「唯子ちゃんかわいい!」

「うちの子にならない……?」

「しゃ、写真を一枚!」

おじさん達がニヤニヤしながら私の顔をみてくる。よく分からないが、身の危険を感じた。これが生理的嫌悪というやつだろうか。この人たちには近寄ってはいけない気がして、とっさに私はパパの後ろに隠れた。

「こほん。今日は、私ではなく唯子が邪ン賢に参加する」

「なっ、唯子ちゃんが? では、早速勝負を申し込んでもよろしいですかの?」

 そう言った一人のおじさんが近づいてくる。……なんという威圧感、そして汗臭さ。歩くたびにお腹のお肉が私の目の前で揺れる。脂ばかりの安いお肉みたいだ……脂っぽいお肉は、ギトギトしていておいしくないから嫌い。


「唯子は、私は寓をだします。って言って寓をだせばいいんだよ」

パパが私の耳元で優しくささやいた。

 パパはよく、「邪ン賢は、それぞれの邪気の戦いかつ、複雑な心理戦なのだ」と言っていたのを思い出す。こんな作戦で本当に勝てるのだろうか?


「では、始めよう」

「わっ、私は寓をだします!」

 私が宣言すると、おじさんの表情が急に真剣なものへと変わり、不敵な笑みをこぼした。

「ふふふっ、あーはっはっはっは! では私は羽をださせていただこう」

お肉のおじさんは、自身たっぷりに自分の出す型を宣言した。彼の盛大な笑い声につられてか、私たちの周りにはいつの間にか人だかりができている。

 えっと……私が寓をだして、彼が羽をだすとしたら……あれ? 私は負けることになるんじゃ? 不安になってパパの顔を見上げるが、返ってくるのは穏やかな笑顔だけ。

「準備はよろしいですかな?」

「あっ、はい」

もう、パパを信じて寓をだすしかない。

「では、最初は寓! 邪ン賢ぽいっ!」

 掛け声に合わせて、同時に型をだす。

 私の型は宣言どおりの寓。おじさんの型は血。……あれ? さっきは羽をだすって言ってなかったっけ?

 不思議に思い、おじさんの顔を見ると、彼自身もとても驚いた顔をしていた。

「な、なぜだ! 私は羽をだしたつもりなのに血をだしている……。まさか、これが唯子ちゃんの邪気の力なのか!?」

 その発言を聞いたパパは、待ってましたとばかりに語りだした。

「いや、邪気ではない。そうだな、聖気とでもいおうか。唯子の可愛らしさと幼さ、そして純粋な心によって、対戦相手に勝つことへの罪悪感を持たせるという力だ!」

「なんだと! だから俺は無意識のうちに血の型を……。無理だ、俺はこの娘には勝てない……」

おじさんが目と口を大きくあけて私のことを見つめてくるが、なんのことやらさっぱり分からない。私としてはそんなことよりも、彼のお腹のお肉が小刻みに振るえていることのほうがずっと気になる。中に新種の菌でも飼っているのだろうか。

「さぁ、唯子! 次の対戦相手のところにいくぞ!」

「えっ……あ、はい」

 つい反射的に「はい」と言ってしまった。まだこんなおじさん達とたたかわなくちゃいけないのかな。

パパはいつも以上に楽しそうで、生き生きとしているが、邪ン賢とはそんなに楽しいものなのだろうか。私にはよく分からない。だが、パパが楽しいなら私も楽しい。パパが幸せなら私も幸せだ。

私たちは、次の対戦相手を探しに歩き出した……。



 こうして、私とパパは次々と勝ち進んでいきました。私は寓を出し続けていただけなのに、全勝してしまいました。びっくりです。私が勝つたびにパパは私の聖気という力についてとても自慢げに話していて、少し恥ずかしかったけどパパの自慢の娘になれたことがとても嬉しいです。

 今日の晩御飯は、邪ン賢大戦の賞品としてもらった高級なお肉でした。あのおじさん達のお肉とは違い、適度に脂がのっていてとてもおいしかったです。

 おじさん達が気持ち悪いので、もう邪ン賢大戦に行きたいとは思いません。だけど、パパの生き生きとした姿と、あの笑顔が見られるなら、また行ってもいいかなと思います。


 近所のおばさんや、学校の先生がなんと言おうと、私はこんな変てこりんなパパが大好きです。

 ところで、邪ン賢とジャンケンって、本当になにが違うのですかね?

 私には、よくわかりません。



おわり


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