魔王が駆け落ちをしたので後始末を押し付けられた妹殿下の話 その後5
「あんな子供を魔王に向かわせるって親と女神は何を考えているんすっか!」
「………有り得ない有り得ない。魔王様が駆け落ちしていないからいいものを前途ある子供をあんな歪みの極致と戦わせようとしたのか?確実に人生破滅させられるぞ!」
「十三、十三はないわ~~。っていうか子供ならまだ、丸めこ………話し合いの余地があるかも!」
キラキラと希望を見出しかけた魔人サイドだが再び爆音、振動に固まる。彼らの背後にある遠見の鏡には精霊を使役しているのか行く手を阻む扉をとことんぶっ飛ばしている勇者の姿。強化してあるはずの魔王城の扉はまるで紙切れのようにちぎれ、飛ばされていくのを呆然と見つめる魔人たち。
あれは駄目だ。何かわかんないけど駄目だ。説得なんてされてくれそうにない。なんとなく。
そして勇者の姿を見ているとどうにも背筋に走る悪寒は一体……。
「っうか何でかあの勇者見ていると妙に慣れた悪寒が走るんですけど………」
「え?お前も?俺も何でかあの勇者様が誰かに似ているような気がして落ち着かないんだ」
「………さっき見せたあの薄ら寒い笑い。あの嗤い方ってな~~~んか見慣れているような?」
それこそが本能からの警告だったのだが誰もがその微かな兆候を掴み損ねてしまっていた。
「シリル様!!勇者、来ます!!」
「わかった!!」
ふっと濃密な魔力の高まりが場を満たす。一瞬、妹君の周囲にいくつもの魔法陣が複雑に絡み合いながら出現した。
一つ一つが緻密で繊細なその魔法陣は一つ発動させるだけで膨大な魔力を喰うというのに妹君は難なく同時に発動させる。しかもそれぞれ効果の違う魔法陣、どれもこれも高位かつ難易度の高いものだ。探索魔法や城の結界維持なども同時にこなしながらのこの芸当。妹君の魔力、能力、技術の高さが窺われる。
当代二位の実力者。その名は伊達ではない。
しかし、その妹君を軽く凌駕するほどの力をもった魔王はどんな化け物かといいたくなる。
「いでよ」
ただ、一言。
その一言で現に幻が現れた。
「うぁ………魔王さまそっくりすっねぇ」
「禍々しい似非笑顔までリアルに再現されているな」
「真性のドエス空気まで忠実」
「性根の悪さがにじみ出てます」
「「「「さすがシリル様。(一番被害に遭っているから)魔王様のことをよくご存知で」」」」
遠見の鏡に映し出された魔王の幻に部下一同から絶賛?の嵐が沸き起こる。
だが、褒めらた当人は何故だか口元を引きつらせてぶつぶつと「あの禍々しさをここまで再現できる私って一体………でも、実物はもっと歪んでひねくれて澱んでいるんだけど………」などとリアリティーを追求する職人気質と「あれ」を表現できる己の現実に悩んでいるようだった。
「あ、勇者が玉座の間に到着しました!」
部下の言葉に全員の視線が遠見の鏡に集中する。
鏡の中では勇者と魔王(幻)が対峙していた。
「ど、どうなるんすかね………」
「上手いこと騙されてくれればいいが………」
「取り合えず幻には勇者を殺したり、大怪我はさせないようにはしているけど………」
自立型の幻だが言動は兄を元にするようにしている。妹君からコントロール可能だとはいえ心配である。
「戦いが始まりました」
「あんな子供が剣なんて振り回して………うううっ」
と最初は勇者側に同情的だった魔人達だったが時間が経つにつれ評価はどんどん変わっていった。
「な、なんか………えげつない戦いが繰り広げられておりますが………」
「ま、幻の方がえげつないのは元がえげつないのである意味し方がないとはいえ応戦している勇者が………」
「十三歳ってやっぱり間違いじゃないですか!!物凄く童顔のおっさんとかそういうおちじゃないすかぁ!!」
「こ、子供がする戦い方じゃないってあれ………うぁ!それはない、それはないって!!」
鏡の向こう側で繰り広げられる戦いに全員が青ざめていた。
「消す!!こんな戦い見ていられるかぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!」
「シリル様!!落ち着いて!!幻は消さないでください!!」
暴れて幻を消そうとする妹君を部下が羽交い絞めにしてとめていた。
そして決着の時は………きた。
魔王を模した幻。それは創造主たる妹君の力に準じているため魔王ほどの力はない。それでも十二分に強いはずの魔王は徐々に押され、そして魔王の幻が繰り出した魔力の攻撃をたくみに避けた勇者が聖剣を振りかぶった。
勝敗は勇者に上がった。
鏡の前の魔人達は全員がぐったりと倒れ伏していた。
「な、なんて心臓に悪い戦いだったの………」
「シリル様の幻って本物より大分まろやかにされていたのにこのえげつなさ……本物と勇者が戦っていたかと思うと………ぶるるるるる!!」
「あはははは………考えるな。そういえば、勇者のお仕置きってこれからですか?」
「じゃないかしら………殺しはしないけど歴代暴れまくってきた魔王を大人しくさせたお仕置き、想像もつかないわ」
歴代魔王の中で人間領に迷惑を掛け捲った挙句勇者にお仕置きされた奴のことは伝聞でいくつか彼らも知っていた。その魔王の性格が彼らの魔王ほどではないにしろ最悪と呼べるほどのものであることも知っている。
そして、その彼らがお仕置きをされたあと、人間領には一切手を出すことはなかったというのは歴史的に残っている事実だ。
基本的に魔人は人の言うことはなかなか聞かない。力の強い奴ほど己の意思を最優先させ、言うことを聞かせたいのなら力づくで来いや!な種族なのである。
黒か白か。強いか弱いか。面白いか面白くないか。ある意味、単純な思考回路をしている。
そんな種族だからこそ妹君の兄が性格破綻者でも魔王の座にい続けたともいえる。
強いから、誰も排除できないから実務的なことは妹君が受け持っていたとしても彼が魔王だったのである。
「あ、勇者が動きましたよ!」
鏡の中で大して疲労したようにも見えない勇者が魔王(幻)に剣を突きつけている。固唾を飲んで見守る一同。
奇妙な静寂の一瞬、勇者の口元が酷く愉快そうに歪み、その口元が何かを呟く。
小さすぎて声は届かない。だけど、妹君はその時、ハッキリと勇者の言葉を読み取った。
『茶番劇はおわりだよ』
深い青の瞳が何の迷いもなく鏡の向こうにいる妹君達を見て嗤う。先ほどの言葉、目の前の魔王にではなく今まで覗き見していた自分達にこそ言い放った言葉だ。そう、認識した妹君の目の前で勇者は容赦なく目の前にいる魔王(幻)に聖剣を突き立てた。
ばちっ!と電流がはじけるような音が空間を震わせた。
「…………きゃ!」
「シリル様!!」
強制的に幻影を消された反動が妹君に返ってきて思わず妹君はその場に座り込む。慌てて近くにいた部下が支えるが相当な反動があったのか妹君の顔色はいささか悪い。鏡の向こうでは勇者の前から魔王の幻影が霞のように消え去っていく。
勇者は肩に聖剣を担ぎながらにやりと子供らしからぬ凶悪な笑みを零れんばかりに浮かべている。
その笑顔に魔人達はようやくこの勇者が誰に似ているのか思い出した。
(魔王様にそっくりだよ。この勇者~~~~~~~~~~!!)
驚愕の真実に蒼白になる魔人達だったが彼らの災難はここから始まる。
『来なよ』
優しい天使のような顔で命じるは拒否権なしの無理やり召還。妹君を中心に召還陣が発動されその場にいた全員が召還の光に巻き込まれる。
「………っぅ!」
「うぁ!」
「シリル様!!」
気づけは全員揃って玉座の間に召還されていた。
「初めまして、だね。さっそくで悪いんだけど………」
実力者揃いの上級の魔人達を一切の抵抗も許さずに瞬時に召還してみせた勇者はかつかつと近寄ってくる。
咄嗟に妹君を庇うように前に出る部下達。
その姿にやはり歪んだ笑みを浮かべ勇者は一定の距離で止まった。
「魔王はどこにいるのかな?」
その質問に誰も答えない。
そのことに勇者は不服そうに唇を尖らせた。不思議な話だがそういう行動をしていると年相応に見えた。
「あれ?だんまり?この国の当代の魔王って確か男で魔人の中でも一番強いって聞いたんだよね。君達も並みの魔人よりも強いけど一番強いのはそこの女性だから魔王はいないってことになるんだけど………さて、どういうことかな?」
威圧感が半端ない。
「答えて、くれないのかな?」
小首を傾げる仕草はひどく可愛らしく映るがそれを可愛いと思える余裕のある魔人はいない。
全員が悟っていた。
勇者には勝てないと。
妹君でさえも隙を見つけられずにいる。
じっと睨みつけてくる妹君に何を思ったのか勇者は彼女の顔を凝視しああ、と何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そういえばこの国の魔王には妹君がいたはずだ。実力では当代二位の実力者。きみがそうなんだ………魔王の血縁、か。まぁ、魔王本人がいないんじゃ、仕方がない。お仕置きは君でいいや」
「なっ!」
「そんなことさせるか!!」
「っうか理不尽だろ!それ!」
敬愛する上司が歴代魔王が嫌がったお仕置きの餌食!!そんなんさせるかぁ!!と本能が叫ぶ危険信号を無視して部下達が勇者に飛び掛る。
すばらしき忠義であった。
「まて!!」
妹君が制止する暇もなかった。
四方八方からの部下達の攻撃はしかし。
「うざい………空気読めよ」
心底しらけたといった勇者によって全て叩き潰された。その間わずか十数秒。
倒れた最後の部下の背に足を乗せながら勇者ははぁ~とため息をつく。
「あのね。僕は魔人を殺すことはできないんだ。殺さずに無力化するってすごく面倒なんだよ。力加減って細かくしようとするほど難しいんだから。無駄に神経使わせないでよ?わかった?」
ぐりぐりぐりと背中を踏みにじりながらそんなことを言う勇者だったが飛んできた雷球を目線も向けずに防ぐ。
「私の部下から離れなさい!!」
険しい顔で次の雷球を生み出す妹君。
「へぇ………ん?」
微かな痛みを感じて頬に手をやれば微かに滲んだ血が指に付く。
完全に防いだつもりだったにほんのわずかだが防御しきれなかった電撃が頬をかすったようだ。
「当代二位の実力っていうのは誇張ではない、ってことかな?」
感心したように頷いた勇者が肩に担いだ聖剣を下ろす。
「だけど、僕よりは弱い」
深い青の瞳が驚きで目を見張る暗い赤い瞳を捕らえる。
とん、とそれはまるで軽く跳ねただけのように見えた。
たったそれだけ。それだけの動作で勇者は妹君の懐にまで距離を縮めていた。
「………っ!」
「僕より弱い君は僕の前に這い蹲る。当たり前のことでしょ?」
あざ笑うようなその声が妹君の耳をくすぐる。先ほど魔王の幻と対戦していたときとは桁違いの速さに勇者がかなりの手加減をしながら戦っていたことを実感させられる。
何も出来ない刹那の間に勇者の打ち込んだ峰打ちによって妹君はぶっ飛ばされ、地に伏した。いくら峰打ちとはいえ確実に意識を刈り取るほどの威力が込められていた。
痛みに呻きながらも妹君は気丈にも顔を挙げて勇者を睨みつける。
非常に不本意だが痛みにも慣れている。というか魔王である兄を引きずり落とすために過去なんども戦いを挑んではコテンパンにのされてきたのだがある意味これぐらいの痛みで戦意は喪失するほど柔ではない。
びりびりと手に雷撃を集める妹君に勇者はふぅ首を振るとと剣を再び構えた。
「さっきの喰らって意識を失わない上に戦意も落ちないなんてすごいね。そうでなきゃこちらも叩きのめしがいがない」
聖剣に神気が集まっていく。圧倒的な力の集まりに竦みそうになる己を奮い立てながら妹君も迎え撃つために魔力を高めていく。
だが、幻を消されたときの反動と先ほどの攻撃のダメージがまだ残っているのか上手く力が集められない。
勇者が軽く地を蹴る。
一気に距離をつめてくる勇者に今度はどうにか攻撃を与えるが中途半端にしか魔力が込められずあっさりとかわされる。
「………」
己の頭上で聖剣を振りかぶる勇者の姿に妹君が息を飲む。
周囲で気がついたらしい部下達が何かを言っているが耳にはいってこない。
全てが不思議なほどゆっくりに見えた。
ただ、五感の全てが勇者に集中していてあまりにも静かな世界に妹君はいた。
聖剣が振り下ろされる。光が爆発して、妹君の視界を白に染めた。
死んだと、思った。
だが、最初に感じたのは涼しさ。
「………?」
妹君は内心首を傾げる。自分が物を感じられるのもそうだがなんだこのすーすーした感じは。妹君は肌の露出を好まず足首から首元までしっかり服を着込んでいるのだ。だからこの全身に感じる涼しさと心もとさはおかしい。
「へぇ………君、着痩せするタイプだったんだ」
勇者の愉悦を含んだ声にぱちりと妹君の瞼が開く。
己の喉元に聖剣の切っ先を突きつけながら勇者はにやにやと嗤う。
最初に目にはいったのは座り込んだ自分の足。ズボンとローブに包まれたはずの己の足には何故か黒い網タイツ。
ピキと固まりつつも己の服装を確認する。
実用性重視の靴は踵の高いピンヒールに変わっている。分厚い服に隠され、日焼けしていない真っ白な腕は肩まで大胆に露出され、胸元は谷間が見えるほど。
お尻には白く丸い尻尾。耳にはふさふさウサ耳。
そこにいたのは紛れもなくウサ耳のバニーさん(露出過多)。
ぶしゅぅぅぅぅ!と女慣れしていない若手の部下達が盛大に鼻血を出しながら己の産み出した血の池に沈む。
「い、いやああああ!!」
想像を絶する辱しめに妹君は己の体を隠しながら盛大に叫んだ。
後日、判明することだが勇者は比類なき戦闘能力とは別にお仕置き対象の魔人の服を勝手に変えることができるらしく、しかも変える服はとある異界の「こすぷれ」とやらに嵌まっている女神の趣味が反映され大抵の者が羞恥心を覚える代物である。
そして変えられる服は大抵女物であり、お仕置き対象はむさい男が殆ど。
しかも着用した姿は映像として女神のもとに自動的に保存鑑賞されるシステムとなっている。
魔王が大人しくなる訳である。
「恥を知りなさい!」
羞恥心で真っ赤になっている妹君は何の因果か長きに渡ってこのお仕置き対象になってしまうことになるのだが今はまだ誰も知らない未来のお話。