勇者さまが死んだ
勇者さまが死んだ。
長い長い魔王討伐の旅を果たされ、まさに王都へ凱旋という前日、泊まられた宿で急死した。
僕は見ていた。
長い間魔王討伐の旅をともにされた仲間達に、勇者さまが裏切られるのを。
聖女に勧められた酒に毒が盛られていたのを。
魔法使いに呪いをかけられたのを。
騎士に心臓を一突きにされるのを。
僕は、見ていた。
勇者さまは平民だったから。
聖女は隣国のエルフの王女だから。
魔法使いはこの国の高位貴族の嫡男だから。
騎士はこの国の王子だから。
王都に凱旋してしまえば、むげに出来ないほどの大衆の支持が、平民の勇者さまに集まってしまうから。
魔王と相打ちになればよかったのに
勇者様の瞳から光が消えるのと、三人からその呟きが聞こえたのとは、どちらが先だったのか。
旅立ったばかりの頃は、勇者さまはむしろ足手まといだった。
平民だった勇者さまは剣も魔法も習ったことはなかった。
生まれ落ちたときから高度な教育を受けられたお三方とは違って、聖剣に勇者として選ばれたと王都に連れてこられて、準備もそこそこに城から出されて、まだまだ聖剣に振り回されるような状態で。
けれど村では放牧をしていた勇者さまは野宿に強く料理も上手で荷物を担ぐのもコツを知っていて。「勇者どころか荷物持ちだな」なんて笑われても一緒に笑っていたくらいだったけれど。
聖剣に選ばれたのは伊達じゃなかった。
騎士に剣を、魔法使いに攻撃魔法を、聖女に治癒魔法を教わり始めるとグングンと吸収し、むしろ彼らよりも遙かに上達していった。
その様子が僕には誇らしかった。
さすが僕の勇者さまだ、と。
戦いが勇者さま一人で十分事足りてしまうようになるまでに、たいした時間はかからなかった。
最初のうちは平民とは言え勇者を守り支える側だったのが、あっという間に平民に守られる側どころか足手まとい、むしろ役立たずの能無しになっていく自分たちを、彼ら自身が持て余していたように思う。
勇者さまは仲間の視線の変化に気づいていたのかいないのか、最初の頃と同じく「みんなを頼りにしているよ」と、語りかけ続けていた。
その言葉を受け止める側の心の変化に気づけなかったことが、勇者さまの唯一の欠点だったのだろう。
ついに魔王と相対するとき、戦いの場に立っていられたのは勇者さまと魔王だけだった。
魔王の魔力や覇気に耐えられず、騎士達は魔王のいるずっと手前の部屋から動けなくなっていた。
そこでどんな会話がなされていたのか、僕には分からなかった。僕は勇者さまと一緒にいたから。
魔王との長い一対一の戦いに決着がついたとき、魔王は勇者さまにこう言った。
「もしお前が世界の総てを憎むなら、私は何時でもお前の側にあろう」
「俺には聖剣がある。魔王を欲することはない」
聖剣がある、ごく自然に勇者さまが返したその言葉が、どれだけ誇らしかったか。
僕はこの勇者さまのことが、本当に大好きだった。
魔王の心臓を聖剣が貫き、とうとう魔王は倒れた。
満身創痍で仲間の元に戻ったとき、仲間達は確かに勇者さまの帰還を心から喜んだはずだった。
魔王を討伐した証として魔王の角を持ち帰り、王都までの道すがら寄った街々でさすが勇者さま御一行だと称えられ、さぁ明日にはやっと王都に凱旋だ、となった夜に、勇者さまは殺された。
毒で動けなくなった勇者さまに呪いをかけ、その手に魔王の角を握らせ心臓に突き当て、騎士が最後に勇者さまの手を強く、強く押した。
僕はその一部始終を、ただただ見ていることしかできなかった。
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大陸統一紀459年、長く魔族と覇権争いを続けていた大国が一夜にして滅びた理由については未だ謎が多い。
大国の中央に位置した首都跡の巨大クレーター付近は現在でも立ち入りが禁止されており、クレーター発生の因果関係が不明であること、瘴気が強すぎて踏み入ると精神に異常をきたす可能性が高いことが理由である。
その付近は魔族でさえ近づかず、クレーター発生から数百年を経た今でも草木一本生えていないほどである。
遠隔ならばと魔法具や使い魔を飛ばせた記録はあれど、観測結果について芳しい記述はない。
現代において対話可能な魔族に現地について問うと、一律に「あそこは鎮魂の場として代々の魔王さまに近づいてはならぬと固く禁じられている」と答える。
鎮魂とは亡くなった市民のためかと重ねると、「違う、勇者ただ一人のための場だ」と言う。
亡国について残されたわずかな資料を辿ると、かの国にはとある聖剣が代々受け継がれており、その聖剣が魔族の王たる魔王に対抗できる勇者を自ら選んでいたそうだ。
聖剣に選ばれた勇者はわずかな人数で魔王討伐を行うらしく、道半ばで亡くなる勇者も多かったらしい。
当時の記録によると、大国が滅ぶ数年前に勇者が選ばれ、魔王討伐の任に就いたとある。
また、当時命からがら首都から逃げのびた人々への聴取内容記述によると、その勇者は当時の魔王を倒したが、首都に戻る途中、討伐の証として持ち帰った魔王の角から魔王の呪いが吹き出し、命を落としたとある。
魔王討伐に騎士として随行していた亡国の王子と、貴族の魔法使いと、隣国のエルフの女王とがなんとかその呪いを鎮め首都に戻り、祝勝報告を行っている最中に魔王が蘇った、とある。
ならば国が滅びた要因はその魔王か、と読み進めると、「騎士が勇者の形見として持ち帰った聖剣が魔剣へと堕ち、魔王の力を借りて騎士と魔法使いと聖女それぞれの心臓を貫いたのち、この国を滅ぼすと宣言し、実行した」とある。
なお、この「聖剣が魔剣へと堕ち」の記述については今なお議論がされている。
そもそも無機物である聖剣が、魔剣へと堕ちる、変質することがあるのか。聖剣と魔剣とは全く別の物ではないか。実は生きていた勇者が殺戮を行ったことを示唆しているのではないか。魔王が蘇ったことで聖剣を自分の物とし、魔剣と呼ばれるようになったのではないか、等々。
聖剣が言葉を発したように読める「宣言」についても謎が多い。現代において聖剣と認定された剣はいくつかあれど、そのどれもが、語弊を恐れず言えばただの金属である。まかり間違っても言葉を発することはない。
そのため、この「宣言」についても、勇者が発した、魔王が発したと見解が分かれている。
説得力のある説から荒唐無稽な説まで様々あるが、そもそもこの、聖剣あるいは魔剣も、すでに失われており、聴取内容の裏付けが全くできない。
クレーター跡にぎりぎり近づける地点から当時最高レベルの遠見スキルを使用してやっと、中心に何かがあるようだと分かる程度の観測記録はあるが、その後その使用者の遠見スキルが失われた上に両目がえぐりとられたという報告がいくつもあり、クレーター跡の検証は現在タブー視されている。
なお、現代においてエルフは種族的に治癒魔法が一切使えないが、それはこの魔剣によって呪われたからだとされている。
長命のエルフとはいえさすがに世代交代がすすみ、当時を知る者はいなくなったが、エルフ族に伝わる口伝や歌には過去に治癒魔法を駆使するエルフが登場するため、聖剣、あるいは魔剣が事実存在した可能性を示唆するものとして大変興味深い。
知り合いのエルフ族に呪いを解きたくないのか、と尋ねたことがあるが、彼らには薬草学や薬学があり、治癒魔法が使えなくても特に困らない、といういかにもエルフらしい答えだったことを追記しておこう。
ロバート・アッシュフィールド著
「聖遺物伝承の真偽について検証する」より
コラム「一夜にして国を滅ぼすは魔剣か聖剣か」の項抜粋
「僕」が誰か、当夜何があったのか、全てを語るのは無粋かな、と。




