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ダムの底  作者: 谷樹 理
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 この国は許容といいうシステムでできている。人を許す。許される。それは傲慢なものがすでにあるかのようだが、同時に慈愛に満ちている。

 村人たちはそう、地域のことを自称してきた。

 山の麓にある村の人々は湧いていた。

 県から降りて町の元に突きつけられたダム廃止論。

 村にある河は山の奥から清涼な水を程よく流し込まれて来ていた。

 水の質は軟水で甘みがあり、飲みやすさから、飲料水として販売も検討されていた。

 ダムが山の奥に一つあるおかげで、バランスが取れていたのだ。

 山には元々密教系の山岳信仰があった。

 そこには壮大な滝があり、水流は激しい。

 一つ、ここには昔ながらの言い伝えがあった。

 戦国時代。勢力を保っていた山寺が焼き討ちにあった頃の話だった。

 焼き討ちは凄惨を極め、僧侶や山寺の元に集まっていた信徒、そしてそれらを相手にする商人たちが、ことごとく首を斬られて捨てられた。

 参加した野武士たちがそこに住み着き、その呪いを代々村の有力者として番人をしているという。それは許しという穢れの祓いだ。

 だが、村人たちには有力者たちへの鬱積した感情があった。彼等は表面、なれ合っていたが、明確な一線が引かれていた。

 有力者たちは呪われていると彼らはハッキリ認識してきたのだ。

 老朽化と自然保護の観点から「ダム廃止」が決定した。それは反対する有力者たちに対し、村人の意見が通った最初の話だった。

「我々がこの村の穢れを守ってきたというのに。恐ろしいことが起こるぞ」

 工事が終わった。有力者の一人の老人が言い捨てるようにして、同じ頃に老衰で死んだ。葬儀は身内だけで行われるという。

 村人は陽気な空の下で、ダムの水位が下がっていくのを見た。

「……ヤバいらしいぞ」

 彼等のなかで、そんな不気味な懸念が言いまわされていた。

 ダムの底から泥にまみれた焼き討ちの山寺と沈んだ神社が現れたというのだ。

 葬儀前日前、記録に残るほどの豪雨が村を襲った。当日の朝からダムの放流と共に、山の上流から何かが流れてくる。村人たちは騒ぎ出したが、それほど危機感はなかった。

 髑髏の群れ。

 肉は削げ、泥と水にふやけた髑髏が、洪水のように村の路地を埋め尽くす。 かつて焼き討ちの際に切り落とされ、山に転がっていた数数百もの首の成れの果て。

 だが、言い伝えにあったことだ。村人たちは異常気象のせいだと自分たちに言い聞かせる。誰もがひそひそと何かを言い合いながらも見て見ぬふりをする。

 ただ、飲料水としての話が危機になるのではないかという心配だけをしていた。

 村の若者である(ひろし)は、この光景をみて一つ思いつく。

 自分を虐げてきた傲慢な地主の息子の四里(より)を殺害したのだ。そして、暴風雨が収まった夜、ダムのそこから露出していた腐りかけている古い神社の側に埋めた。

「どうせ山の首と一緒に流されるなら、殺された奴らの怨念のせいにすればいい」

 葬儀当日、村に不釣り合いなスーツを着た男が現れた。なんでも、飲料水の会社から派遣されて様子を見に来たという。

笹井浩(ささい ひろし)という男はどこにいます? 商談に来ました」

 男は名木(なぎ)と名乗った。

 浩を前に名木は言った。

「この国の『祓い』という文化はね、汚れを無害化するんじゃない。ただ見えない場所に押し込んで、蓋をする又は自分たちの世界から追放するだけだ。だが、蓋が開いた。ダムから穢れが流れ溢れ出てきた。そして君が、新鮮な『穢れの罪』をそこに混ぜた」

「なんのことだ? そういえばあんた、葬儀に出席するらしいじゃないか」

「四里君から直接聞いたんだよ」

「……あんた、何者だ?」

「私は穢れを商品として扱う者です。古代からの放置されて誰にも許されず、祓いからも漏れ落ちた怨念を回収しに来ました」

「馬鹿な。祓えば、全ては許される。それがこの村の掟なんだよ」

「そうですか」

 絶望ほど、高値で売れる。名木は不気味に笑って言った。  

「おーい、洪水がくるぞー!!」

 村中から警報のサイレンが鳴った。怒涛の流れを見た者は、幾千の幽霊だとか、刀を持った武士の群れだとか、首のない人間が何故か悲鳴を上げながら逃げ回っていたなど、後日、バラバラな話をしていた。

 許しの村の惨劇として、当時有名な話となった。

 ダム廃止論が下火になった頃、名木は再びこの村を訪れていた。廃村と化していたダムの麓だ。

 封印した笹井浩は、我に返った。

 ダムがあった沼が蠢き、あらゆるところからガスを吹きだしながら波打つのを見る。

 彼の商品が蒸留されたのだ。

 名木、貴様……。

 身体がどこまで広がっているかわからなくなっていた浩はただ、名木への憎しみでつぶやいた。

「この国は許しでできている? 祓えばいい? 違いますよ。単に、責任を取りたくないから祓うという追い出しをしたただけだ。追い出されたモノは、一度も許されたことなんてないんです」

 名木はダムがあった沼のそれを見てニヤリとしていた。

 泥の堆積物である幾百の髑髏を飾りに、叫びの表情をとる沼を見て。

 あらたな商品ができていたのだ。

 どこかの誰かがそれを買って背負うのだ。

 名木の生業は続くだろう。




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