戦国ダンジョン『御霊蛇 戦国記』:短編
戦国ダンジョン『御霊蛇 戦国記』:短編
某家具店を退職し、為替投資で生きていた俺は、唐突に飛来した"何か"に胸部を貫かれた。
「ぐっ…ごぼっ!な"、な"に"が………」
その日、俺は確かに命を絶たれたのだ。
・
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暗い…暗い…
ただ暗い、灯一つ見えない境遇が続く。
これが"死"なのだろうか?
ただただ暗く冷たいような視界が広がり、俺は気が狂ってしまった…。
そんなある日、小さな子供の声と共に光が差し込む。
「え?」
明確なまでの驚愕が、俺の心を揺らす。
───死んだわけではなかったのか?死体にでもなっているのか?
一瞬で、幾つもの疑問が出るが、すぐさま俺は全て投げ捨てる。
「助けてくれ!」
しかし、無情にも閉じられる視界。
俺の声は、そもそもその子には届かなかったのだ。
だが、そこから俺の思考は、一気に狂気から目を覚ます。
死んでいるわけではない。
今は動けないが、死んでいるわけではなかったのだ。
視界もある。
なぜか分からないが、聴覚も存在する。
だとすれば、何かできることがあるのではないか?と自身のスペックを確認するために必死でやれることを探していく。
そうしているうちに、幾日か経ち、少年の声がまたも聞こえてくる。
「あれ?埋めたの、ここだったはずなんけどな…?」
少年は、自身で埋めた銅銭を探し、再度、穴を掘ったのだ。
そうして……
「ようこそ、少年。わしの名は御霊蛇の大蛇。ここに封じられておった蛇神じゃ。お主のお陰で復活できた。じゃが、未だ神力が足りぬ故、何か放り込んでくれんか?そうすれば、わしのできることが大きく増えよるんじゃ。」
そうして、俺は御霊蛇の大蛇という蛇神として、熱田神宮大宮司の息子、千秋季忠(四郎丸)と出会ったのだ。
四郎丸、いや、季忠との出会いによって、俺は"ダンジョン"として生まれ変わったことを自覚した。
ダンジョンとしての機能は、内部の物質を取り込み、モンスター生成したり、宝物を作り出し、探索者に提供することだ。
人の死体の取り込みが、魔力保有量の最大値を上昇させ、内部で人間が存在し続ける、もしくは、有機物の取り込みによって、保有魔力が回復する。
そんな生態らしい。
こうして俺は、ダンジョンとして季忠に協力し、熱田神宮から日本を、そして世界を変えていく。
自身の望むがままに。
「いや、全然望むがままになっていませんけどね。御霊蛇様。」
深恋に突っ込みを入れられながら、そのツッコミに抗議する。
「いいじゃろ、別に。これはあくまで自伝なんじゃ。多少の装飾はあって然るべきであろう?」
「知りませんよ、そんなの。でも、事実と違うでしょう。思い通りに進んだことなんて、最初の八剣一夜城くらいでしょう?加納口での戦いで織田家と斎藤家が争ったやつ。それ以降は、予想外の連続だったじゃないですか。」
深恋は、孤児だった娘だ。
ダンジョンで兵を作る計画が出た際に連れて来られた、最初のメンバーだった。
今は、孤児たちも、それぞれが独立し、商売をする者や農業をするもの、世界を探索すると意気込んで世界をめぐるものさえ存在する。
ダンジョンは、この三百年で間接的に世界を支配していた。
ダンジョンで鍛えられた兵たちは、その寿命を伸ばし、身体能力を伸ばし、魔法技能を獲得するものさえ現れた。
この三百年で、武士と呼ばれる武力で威張るだけの存在は、ほぼ全てが駆逐された。
公卿と帝、織田家、そして商人。
熱田神宮の御霊蛇に認められた者たちだけが、ダンジョンに潜り、ダンジョン内で暮らし、世界へと進出していった。
今ではダンジョンの数も、一万に近いほど存在する。
本ダンジョンを熱田神宮の敷地に置き、サブダンジョンが各地にあるような形だ。
「じゃあ、もういいだろ。で、続きだ。」
熱田神宮の千秋氏と交渉し、熱田の神として崇められるようになった。
そこから、季忠の父、季光の史実での死を回避するため、加納口での戦いでの勝利を目指すことになる。
ダンジョンの機能を使い、建材を作り、稲葉山城の南、八剣の地に八剣砦を一夜で建設。
サブダンジョンも設営し、瞬く間に砦を拡張していった。
稲葉山城侵攻で織田信秀が敗走した後、敗走した将兵を受け入れ、反撃したのもこの砦だ。
斎藤道三の左腕を、大型の機械弓でもぎ取り、道三を瀕死に追い詰めたのだ。
結果、加納口の戦いで織田家は勝利。
斎藤家との間に講和を取り付け、斎藤家は同盟を申し込むこととなる。
加納口での戦いが、織田家の力でなく熱田の力だと認識している織田信秀は、そのまま斎藤の同盟案をのみ、尾美同盟が出来上がるのだ。
だが、その後の展開は怒涛だ。
ダンジョンの能力を使用し、この戦国の世に最も足りていなかったものを、俺は創造する。
"貨幣"だ。
熱田が産んだ貨幣は、日本国を混沌に落とす。
文字通り。
アルミナを軸に鋳造された貨幣は、日本のそこらにある土から材料を用いられ、高圧縮をかけられて生成される。
その過程で様々な種類の功績を配分することで、様々な色のアルミナ功績が完成するわけだ。
だが、このアルミナの結晶は、世間では別の名前で呼ばれる。
赤い物は、和名を紅玉、海外での名称をルビー
青や白い物は、和名を青玉(蒼玉)、海外名称をサファイアという。
いわば、高度な宝石がこれだ。
だが、成分は土中にありふれているものだ。
だから、こうして作りやすく、色を付けやすいこれを、俺は貨幣として利用した。
これが、熱田にとって最大の利益をもたらすと考えて。
実際、熱田に、そして織田家に大きな利益をもたらしたのがこの熱田貨幣だった。
最初は、熱田神宮と伊勢神宮での協力共同事業として、紅白の二種類の貨幣を作った。
あくまで試金石のつもりで。
だが、これを朝廷に献金した時、それは起こった。
"細川晴元の乱"である。
この当時、織田家は完全に幕府を無視した行動をとっていた。
細川晴元のような人間に幕府の事件を握られ、思い通りに何一つことをなせない小物だと、将軍を看做したためだった。
それだけでなく、斯波氏との関係性という理由あったが、そもそも織田と幕府が手を結ぶ利が皆無だったせいである。
しかし、それに苛立ちを募らせたのが、当時の将軍であり、管領細川晴元である。
晴元は、御所にまで乗り込み、将来への展望を語っていた帝や公卿らを押し退けて、朝廷へと持ち込まれた献金を横領する。
その際に、行われた強引な朝廷への略奪が、京の街をほぼ全てを焼き払ってしまったのだ。
この時の大火で、上京は全焼。
下京の一部も焼け落ちることとなる。
しかも、それだけでは終わらない。
細川晴元は、焼け落ちた上京に、自身の城建設を計画。
御所のあった近郊に、城建設を命じたのだ。
晴元の配下は、そのための人員を下京から調達しようとし、下京の人間は反抗。
下京からも、人が流出することとなる。
最終的に、晴元は配下の反乱によって滅ぶが、京に残ったのは焼け落ちた廃墟のみという悲惨な有様が出来上がってしまう。
周辺国は、これに大きな影響を受け、近江などは一時衰退の兆しを見せていく。
摂津や河内、その他の地域も例外ではなく、その跡を各所に残す結果となった。
特にこの件で被害を受けたのは、三好家と主上、帝らを中心とする朝廷の一行だ。
彼らは、御所から焼け出され、民らと共に堺まで逃走。
その後、武野紹鴎と京大火の報を聞きつけてやって来た、織田信長ら織田家一行によって、保護されることとなる。
帝と親王、そして、五摂家の者たちは、織田信長の乗って来た船で堺からさらに移動。
神島内に建設されたダンジョンで保護されることとなる。
ダンジョンは、一部の者のみに教えられ、織田信秀でさえ最後まで知らなかったが、帝と公卿らは、匿われると同時にその存在を知ることとなる。
御霊蛇とも面識を持ち、更に、ダンジョンの奥深くへと、様々な意味で潜り込んでゆくこととなるのだ。
これ以降、朝廷は、御霊蛇を大蛇を朝廷を救う神として尊崇。
天照大神と同列にまでその存在を高めることとなる。
織田家では、匿った帝らを迎えるため、離宮建設を断行。
ダンジョン内にも建設された離宮とともに、熱田神宮と古渡城の間にある六野の地域に、離宮建設を行った。
尾張へと朝廷そのものが移動して以降、朝廷と御霊蛇率いるダンジョン勢は、緊密に連携をとることとなる。
織田家も、織田信長が織田家を継承して以降は、これに参加し、三者は日本国をうごかす中心的役割を担うこととなる。
「さて、この頃が一番大変だった気もするな。帝らが京から逃げ出すなど、予想外も予想外であったからなぁ……」
「そりゃそうだろうけど、信長様も言ってましたよね?あんな大金を献金すれば、絶対大きい反動が返ってくるだろうって。信長様の中では、完全に御霊蛇様の手の内だったと思い込んでますよ?今でも。」
「あー……………。」
俺は、その言葉を聞き流し次の展開を書く。
「え、えっとこの後はなんだったかの…?」
「……………多分、三河の反乱では?」
「お、おぉ、そうじゃった!三河で一揆が起こったんじゃったの。どこぞの村の住人が、千は今川の兵を焼き殺したと聞いて驚いたのを思い出すわ!」
当時、三河は織田領と今川領に挟まれ、経済的に困窮していた。
特に、御霊蛇が現れて以降は、熱田神宮を中心に経済的に尾張が伸長を続け、三河国内から若者や貧民を中心に人が大量に流出していたのだ。
朝廷が、離宮建設を開始してからは、三河国人らはその流出を止めることさえできず、瞬く間に干上がっていた。
朝廷が尾張に移ったと聞いて、今川が織田との争いを止めると領内に通達したこともきっかけの一つだ。
宇利村は、それまでもそれ以降も、今川の手によって悪辣で悲惨な被害を与え続けられ、村民の感情は最悪の域にまで至っていた。
それでも、事の前には、若者らが逃がされ、村内には百人ほどの老人や逃げるつもりのない国人領主が残されていた。
この時、共に今川と戦う決意を示し、行動した領主の名は、近藤 満用。
彼の名は、百年経った今でも、この国に残り続けている。
三河の一揆は、この宇利村の者たちの活躍と、一揆勢の攻勢、そして三河領内での厭戦感情が元で、まさかの成功を収める。
吉田城を陥落させ、三河一揆勢が三河独立を果たすのだ。
初期想定では、ある程度までいくとそのまま織田家へと降伏するはずだった彼らは、降伏を中断、そのまま独立を果たすことになる。
しかし、まるで想定していなかった事態に、独立した三河国の内情は最悪。
三河国内の人口は、数年前の半分以下で、軍事力どころか経済力さえマトモに残ってはいなかった。
だが、宇利村の活躍を自身のものだと勘違いするかのような行動を、三河国の者らは取り始め、どんどんまとまりを書いていく始末。
織田家からの使者の前に、代表者であった石川は、織田への降伏を宣言。
そのまま、ダンジョンで鍛えられた軍勢一千人を前に、三河は完全降伏する。
しかし、翌年、流行病で織田信秀が急死。
織田家は、織田信長14歳が当主として立つことになる。
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そして、この頃、畿内での動きは更に複雑だ。
天文十五年。
朝廷は、幕府廃止を通告。
熱田の力(資金)を借り、全国に幕府を閉府する宣言を各地に書簡で送る。
それは、一寺社や一国人にまで送られ、彼らは、幕府が消滅したことを知ってしまう。
そして、この届けに足利将軍家将軍義晴は激怒。
自身が、細川晴元を抑えられなかったことが原因であるのに逆恨みし、激怒する。
が、その余りの怒りように、どこかを悪くしたのか胸を押さえそのまま死去してしまう。
これに困ったのは、残された幕臣とその息子の義輝だ。
彼らは朝廷へと、幕府の開府指示を受けに向かうが、公卿らから門前払いを喰らう。
「ど、どうする?どうすれば良いのだ?」
これが、彼らが門前払いを食らった後の様子だ。
朝廷は、いや公家らは全て、武家による専横に激怒を続けていたのだ。
その極みが、細川晴元の京大火である。
晴元の責任であることはもちろんとして、細川家の全てと、それを管理するはずだった幕府にまで範囲を広げ、朝廷は幕府を不要と断じたのだ。
その後、朝廷は、織田信長を豊葦原大公に就任させる。
信長は、畿内以外を豊葦原大公府として設定。
畿内を朝廷が支配し、それ以外の地域を、"豊葦原大公が支配する"というそれ以降の日本を決定づける仕組みを創設した。
三好家は、細川晴元の乱が起きるとともに、晴元へと反抗。
細川氏綱を名手として乗り換え、畠山や遊佐とともに晴元へと反旗を翻す。
六角家も、晴元との絶縁を宣言する。
その後、六角家と延暦寺等は、京から逃れてきた何万人もの難民への対処に追われ、晴元との戦どころではなくなる。
ただ、その間にも恨みや憎しみは積もり、延暦寺などは"細川晴元"を仏敵として宣言。
近江領内の他の寺社もそれに続くこととなる。
難民らは、織田と六角によるその後の交渉で、織田家へと引き取られることとなり、織田・斎藤・六角という三者の同盟が再確認されることとなる。
「あとは、若狭自由都市同盟の話もいるのでは?」
若狭自由都市同盟。
それは、御霊蛇が教育した商人たちから漏れた教育内容が、外に漏れた結果生まれた商人たちの商人たちによる商人のための独立都市である。
細川晴元の乱のあと、放逐された傭兵たちを近江商人や若狭商人らが雇い入れ、若狭国で独立した国家。
彼らは、小浜を中心に活動を始め、若狭武田氏を放逐するまでに成長した商人の国である。
この時期は多くの意味で、彼らにとって都合よく物事は進んだように思う。
当時の機内情勢について説明しよう。
細川晴元の乱の後、彼に雇われてた丹波国人衆は、その上層部が貨幣価値暴騰からの暴落によって、一瞬で大金持ちからタダ働きに近い状態にまで落ちていき、信用を失った。
傭兵らも、この状態を招いた晴元を恨み晴元軍は完全崩壊に至るわけだが、若狭独立都市同盟に雇われた一部の傭兵はともかく、ほとんどの傭兵は、足りない分を補うために周囲から略奪を働くこととなる。
そしてそれは、丹波国人衆も同様である。
そして、なお悪いことに、この丹波国人衆は上層部が信用を失った結果、完全な暴徒と化していたこと、それが丹波農民らにまで広がっていたことが被害を広げる原因となった。
貨幣価値の暴落というのは、熱田からもたらされたアルミナ貨幣が、初期の頃は暴騰し、それを各地の商人らが宝石としての価値で取り扱ったために起きた現象である。
宝石として売り払われたそれらの熱田貨幣は、最終的に熱田が莫大な量を畿内に持ち込むことで暴落、というか正当な価値にまで落ちることとなる。
その結果、宝石として売りつけられた各地の国人領主や、大きな勢力を誇っていた宗教勢力などが、それに巻き込まれる形となった。
延暦寺や本願寺なども同様である。
ただ、宗教勢力の方は、多少の資産を失うだけで済んだが、国人領主らの方は、信用を失い、領地を失うものまで現れたことが大きく若狭自由都市同盟を育てる結果にもなった。
京が焼け、住民が逃亡したことで大きく変わったことが他にもある。
近江商人や若狭商人の収支悪化だ。
これには、他の職種の者も大勢巻き込まれ、近江の六角家や浅井家などは関税収入を大きく損なった。
六角家は若狭自由都市同盟と手を結ぶことで免れたが、浅井は、増税の形でそれを補おうとしたために、商人らの信用をなくし、多くの商人が若狭自由都市同盟の傘下に入ることとなった。
それ以外にも、敦賀が大きく損失を出し朝倉に泣きついたことで、朝倉から浅井へと圧力が掛けられることとなる。
この結果、浅井と朝倉の間にも大きな溝ができ、浅井は久政が当主としての信用を失うことになる。
ただでさえ、六角家への弱腰外交で不満を溜め込まれていた浅井久政は、収入悪化により更に信用を落とし、北近江での浅井家は影響力を大きく落とし、浅井に従う国人らは完全に独立していくこととなる。
北近江は、小規模領主の乱立する地帯となるのだ。
これを六角定頼が見逃すはずもなく、浅井だけを取り込んでいた状態から、浅井を挟まずに北近江の国人領主らを取り込む形へと変えていくこととなる。
こうして、北近江含め、近江一国は、時間を掛け完全に六角家のものとなっていく。
そんな中、熱田と若狭自由都市同盟の間にも交渉が持たれる。
その結果、琵琶湖の多景島にもダンジョンが築かれ、織田側の拠点として六角家からその領有を認められることとなる。
この時点で、織田家は政治的に朝廷の庇護者としての活動を始めており、織田家が京の難民を多数引き取ったことや、対価として多くの熱田貨幣を支払ったことなどもあって、六角家が織田側にその程度を認めない理由もなかったのだ。
また、多景島の対価として、織田領熱田から若狭自由都市同盟 小浜までの道の整備を、織田家持ちで全て執り行うと言い出したことも理由の一つだった。
六角家は、各国人領主の取りまとめや調整こそ強いられたが、それによって関税収入は大きく持ち直す結果となる。
最初は批判されたこの結果も、関税収入の向上によってすぐさま手のひらを返されることとなる。
若狭自由都市同盟は、この取引を持って熱田との交易で大きく収支を持ち直し、六角家とも結んだことで畿内に確かな影響を残すことになる。
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───三好家
三好家は、晴元との戦いの後、大きく傷を受ける。
貨幣価値の暴落にはさほど影響を受けなかった三好家であったが、晴元の残した最悪の遺産、丹波人の略奪劇には大きく被害を受け、領有する摂津などは、毎日のように略奪被害を受け、兵を常時貼り付けなければいけない事態となる。
その結果、統治収支が相当に悪化し、畿内統治に大きな傷跡を残したのだ。
三好長慶が、当主としての地位を追われることこそなかったが、晴元への恨みは募るばかりであり、その煽りを受けて、細川家が四国からも消え去る結果となる。
幕府が消失し、その原因として細川晴元が上げられたことで、三好家と細川家との主従関係も解消したとみなされ、摂津国での損失を補うこともあって、細川領を三好が奪うこととなったためだ。
当然、細川氏綱との関係も解消され、遊佐家や畠山家との抗争も開始されたのだが……
両家は、貨幣価値の暴落に巻き込まれ、その影響力を落としていたこともあり、三好と六角が畿内の二大勢力として台頭する。
六角・三好の両家は、晴元と共に敵対していたこと、お互いが大きな勢力を誇っていることから争いを避け、着実に弱小国人たちを取り込んでいくこととなる。
そして、その陰で、熱田商人と堺商人が影響力を伸ばすことにも繋がった。
熱田商人と堺商人は、伊勢湾に浮かぶ離島、神島の地で繋がる。
───神島
伊勢湾の離島神島は、伊勢神宮に海産物をもたらす領地として、その役割を果たしてきた。
それが紆余曲折あって、熱田神宮の実質的に領有となり、そこにダンジョンが置かれて開拓されたことで、大きくその存在感を増すこととなる。
堺などの遠方から来ていた大型船を、神島で中小型船舶に乗り換えることで、潮待ちの時間を大きく減らし、伊勢湾内の港湾都市への短期間での乗り付けが可能になったのだ。
この影響で、堺からの荷が半分の日数で大湊や熱田に運ばれる結果となり、それぞれの街は大いに賑わうこととなる。
当然、ここを領有する熱田や、周辺海域の治安を担う佐治や志摩の橘氏、そして熱田の水軍衆は、勢力を一気に拡張していく。
それとともに、熱田や織田との繋がりも強まり、織田家が今川と北畠を圧倒していく原因にもなる。
鵜殿や吉良、戸田なども滅んでいき、長島は織田に取り込まれ、長島本願寺の主要戦力も熱田によって引き抜かれていき、一揆を起こすことなどできない状態にまで陥る。
経済的にも安定し、反抗理由さえも失い、完全な織田の領地となっていくのだ。
神島には、遠くは博多、堺、江戸方面などからも商人が訪れ、交流を深めた。
御霊蛇率いるダンジョン勢は、その交流を利用し、各地の商人や修験者を取り込むことでサブダンジョンを各地に設置し続け、畿内や九州にまで設置範囲を広げる。
屋久島や種子島の島内、近郊の神島や日間賀島、堺近郊の友ヶ島や、博多近郊の玄界島などにもサブダンジョンが設営される。
上記以外にも、下甑島や臥蛇島にも設営され、ダンジョンは、各地の産物を日々確実に取り込んでいた。
それとともに、ダンジョン内に設置された転移門は、各地を繋ぎ、各島や各地域に、食料や物資を瞬く間に届けていく仕組みが出来上がっていた。
当然、その流れに乗って、熱田の新貨幣も各地へと浸透し、日本各地で熱田貨幣が使えるようになっていく。
それと反比例するように、銅銭の価値は低下。
銅銭は、熱田に納めるだけの貴金属としての価値しか認められなくなっていく。
海外交易でも、熱田貨幣は活躍。
ポルトガル勢は、豊葦原日本国へと絹製品や支那の筆や書などの文化物、そして奴隷を商品として多数持ち込むこととなる。
豊葦原日本国から持ち出される鉱物資源は、そのほとんどが熱田が産出する熱田貨幣で、金銀や銅は、ほとんどが熱田へと持ち込まれることとなった。
それ以上に、日本から各国へと持ち出される商品に大きな価値があり、熱田の完全なオーパーツである細工品や真っ白い陶器、ガラスペンを始めとするガラス製品、竹製の布製品などさえ、世界へと持ち出されることとなる。
それらの商品は、欧州や支那で更に高値で販売され、熱田の名は、世界に響くこととなる。
そうして、御霊蛇が完全に率いることとなった織田家は、着実に大名家を侵食し、尾張を首都とする豊葦原日本大公国を建国する。
畿内は完全に朝廷のものとなり、三好家と六角家は、朝廷の臣下としての立場を強要されることとなっていく。
最終的に、豊葦原日本大公国は、南は豪州、北はアラスカを支配し、東の瑞穂大陸の西海岸を領有。
西は、台湾を領有した。
東南アジアとも呼ばれる、ルソンなども全て領有されていく。
転移門があるために、遠隔地の領有コストも少なく、各地へと織田家の言語が強要される完全な日本国の領域が出来上がる。
支那や朝鮮とは、大きな戦が一度起きるが、南朝鮮から朝鮮人を北へと追放した後に、南朝鮮を日本国が領有する結果となる。
支那と北朝鮮は、日本の市場としての役割だけを残し、影響力を大きく落としていくこととなる。
が、後に満州地方の女真族によってあっさり侵略され、清国へと置き換わる結果となるが。
清国も、日本への侵略を企てるが、その度に日本のダンジョンで鍛えられた兵士によって、兵力を全滅させられ、次第に影響力を落としていく。
三度の敗戦の後、やっと理解したのか、侵略行為は止むこととなっていく。
そして未来……
熱田神宮は、御霊蛇を最上の神として讃え、豊葦原日本大公国は、太平洋を中心とする大国として欧州などとも幾度となく大戦が起きる。
しかし、その度にダンジョンで鍛え上げられた兵による魔法によって、兵士は全滅させられ、日本兵の略奪によって着実に凋落していく結果となってゆく。
人類同士の戦争は無価値だと、世界中の人間が納得するまで数百年を有したが、皇紀2,510年(西暦1,850年)には、完全な平和が完成する。
だが、これは、新たな戦いの準備期間でしかなかった。
全てのキッカケである、御霊蛇の大蛇。
いや、転移者である斎藤 恋の死の原因を覚えているだろうか?
彼の胸を貫いた一つの何か。
これは、ダンジョンの種と異世界で呼ばれるものであった。
とある世界の魔族の王が、別世界にも種族の生存域を確保しようと魔力資源を産むために放ったものであった。
それが偶然にも、斎藤 恋の胸を貫き、これと融合を果たしたことで彼は"ダンジョン"となっていたのだ。
だが、彼はあくまでダンジョンでありダンジョンマスターではない。
ダンジョンには、ダンジョンとダンジョンマスターとがあり、ダンジョンは魔力と取り込んだ有機物から、ダンジョンを運営するダンジョンマスターを作り出す機能を持つ。
本来なら、これは単にシステムとしてランダムに行われるもので、特定対象をダンジョンマスターとする機能はない。
しかし、御霊蛇は意思あるダンジョン。
彼は、熱田神宮の神として君臨する中でそれを決めたのだ。
「ま、それが彼女、深恋なわけなんじゃがの……」
横で眠る彼女のさらっとした髪を弄りつつ、俺は、その幸福を噛み締める。
前世では体験すらできなかった、妻との性活に、俺は日々充実を感じていたのだ。
御霊蛇は、化身として複数人の子を作った。
その中には、当然、深恋以外との間にできた子供も大勢いる。
ダンジョンは、内部に広大な空間を有する。
人口も増え続け、今では地球の総人口は二〇〇億人を超える凄まじい事態となっている。
ただ、その大半は農家や探索者で、ダンジョンで鍛錬をつ受ける者と食糧生産に従事する者が大半なのだ。
商業活動も皆が皆熱心ではあるが、金融市場は完全に織田家によって制御され、量子コンピュータによる織田家の独裁経済が、世界を支配している。
インターネットも整備されているが、AIによって全て監視され、悪逆な犯罪者はすぐさま逮捕されることとなる。
ただ、監視はされていても軽犯罪なら放置されることも多く、ほとんどが私刑によって解決されてしまう。
そもそも、力こそ正義の国家であり、見た目で相手の力量が判別できないために、軽はずみな犯罪行為は少ないのだ。
誰しもが、継続によって力を入手できる国家であるため、時間をかけられる人間が一番強く、継続こそ力を地でゆく日本人が一番強い。
安易に不確実性の高い方法に頼らない人間が、最も強くなるのが御霊蛇のダンジョンなのだ。
そのせいか、欧州人や支那人には、商人や農民が多く探索者は少ない。
日本人や日本人の遺伝子を持っている人間から、探索者が多く出ているというのが現状なのだ。
そして、これは異世界から送り込まれてきた魔族(通称)との争いでも、大きな影響をもたらしている。
ダンジョンで鍛えられた兵は、送り込まれた魔族と同じくらいの強さを有することが多く、現状では数で押し切ることが可能なのだ。
体を鍛え、魔石を摂取し続けることが強くなる秘訣なのだが、もともと長寿な魔族は、熱心に鍛えることや成長することをせず、専任の探索者などという職種は存在しない。
だが、その分、時間があるために成長度合いは大きいのだが……ダンジョンで数十年鍛えられた兵と、長寿な彼らとの強さが釣り合ってしまったのだ。
さらに、戦闘経験もこちらの探索者の方が圧倒的であり、そもそも侵略するというつもりさえもなかった魔族にとっては、予想外以外の何者でもなかったのだ。
結果として、ダンジョンを通じて反撃を開始した日本人の部隊によって、異世界:ダレスティアの一部は、現在では日本人の土地となっている。
異世界の魔族との交流も進み、日本人がエルフや獣人などと呼ぶ種族たちなどとは、性的な意味での交流も多くあるようだ。
今後は、異世界人との間に生まれた日本人も、どんどん出てくることだろう。
世界は、多少の諍いを残しながらも、順調にすすんでいた。
「と、これでいいな。…ふぅ、しかし疲れたな。だが、インターネットも完備できたし、俺の仕事ももうないな…。あとは、深恋とイチャイチャするだけで余生を過ごしていきたいね…。」
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