EP 9
豪遊! ドリンクバーで女子会
チャリン、ジャララ……。
シェアハウスのリビングで、私は震える手で『本日のギャラ』をテーブルに広げていた。
空き缶一杯に詰まった銅貨と、数枚の銀貨。
そして、焼き鳥の串と、缶ビール(飲みかけ)。
〆て、銀貨5枚と銅貨40枚。
日本円にして、およそ9,000円の大金だ。
「か……稼いだ……稼ぎましたわ……!」
鼻の穴は少し痛い。広場の酔っぱらいたちに笑われた記憶は、一生消えない黒歴史として刻まれた。
けれど、この重みは本物だ。
パンの耳でも、雑草でもない。私が自分の芸(と鼻の穴)で掴み取った、正真正銘の報酬!
私はガバッと顔を上げ、リビングでくつろいでいた二人に向かって高らかに宣言した。
「キャルルさん! ルナさん! 支度をなさい!」
「ん? どうしたのリーザちゃん。鼻の頭、赤くない?」
「あら、また泥遊びですの? その小銭の山は……」
私は二人の言葉を遮り、ビシッと窓の外を指さした。
「今日は私の奢りですわ! あの『タロウキング』で、祝勝会(女子会)を開きますのよーッ!!」
◇
夜のファミリーレストラン『タロウキング』。
そこは、私たち庶民にとっての『王宮』だ。
煌々と輝くネオンサイン。ガラス越しに見える幸せそうな家族連れ。そして何より、店内から漂うハンバーグの香り。
「さあ、入りますわよ! 今日は私がスポンサーですもの、胸を張りなさい!」
私は二人を従えて、自動ドアをくぐった。
店員さんに案内され、ボックス席に座る。
メニューを開く瞬間、私は一瞬だけ緊張で指が震えたが、今日の私は一味違う。所持金9,000円の女だ。
「好きなものを頼んでよろしくてよ! ……あ、でもステーキは重いから、夜はやめた方がいいですわね。美容のために」
私はさりげなく牽制球を投げつつ、メニューの『サイドメニュー』ページを開いた。
「この『山盛りフライドポテト(メガ盛り)』! これをみんなでシェアしましょう! そして……全員、『ドリンクバー』をつけてくださいまし!」
「わーい! ポテト! ドリンクバー!」
「どりんくばー……? それは、飲み放題の泉ということですの?」
キャルルさんが無邪気に喜び、ルナさんが不思議そうに首を傾げる。
私はフフンと鼻を鳴らした(まだ少し痛い)。
「そうですわルナさん。あそこにある機械から、好きな色のジュースを、好きなだけ飲んでいい……。これぞ地上の錬金術、無限の泉ですわ!」
◇
注文を終えると、私たちはドリンクバーコーナーへ向かった。
ここからが私の腕の見せ所だ。
「見ていてくださいまし。このメロンソーダに、カルピスソーダを2:1の割合で混ぜる……。名付けて『エメラルド・スプラッシュ』!」
「おおー! 色が綺麗!」
「なるほど、調合ですのね。では私は……このオレンジ色の液体と、黒い液体を混ぜて……」
ルナさんが実験のような手つきでボタンを押す。
出来上がった謎の泥水色ドリンクを一口飲み、「……複雑な味がしますわ」と微笑んだ。
キャルルさんは全種類のボタンを同時に押そうとして店員さんに止められている。
席に戻ると、山盛りのフライドポテトが到着していた。
揚げたての熱々。塩が効いた黄金色のスティック。
「「「かんぱーい!!」」」
私たちはプラスチックのコップを合わせた。
私はメロンソーダを一気に煽る。シュワシュワとした炭酸が、歌い疲れた喉に染み渡る。
そしてポテトを一本掴み、ケチャップをたっぷりつけて口へ放り込む。
「んん~っ! ジャンクな味! 最高ですわ!」
雑草サラダにはない、油と塩の暴力的な旨味。
これが、勝者の味だ。
「リーザちゃん、今日のお仕事すごかったんだね! こんなご馳走してくれるなんて!」
「ええ、まあね! 広場を熱狂の渦に巻き込んできましたわ!」
私はポテトをかじりながら、鼻の穴に五円玉を詰めたことは伏せて武勇伝を語った。
「観客たちが涙を流して(笑いすぎて)おひねりを投げてくれたんですの。やっぱり、本物の歌は心に届くんですわね……」
「すごいですわリーザさん。私も聴きに行きたかったです」
「(ルナさんには絶対に見せられない……!)」
私は冷や汗を流しながら、話を逸らした。
「こ、これはまだ第一歩ですわ! いつか国立タロウ・ドームを満員にして、貴方たちを最前列のVIP席に招待しますからね!」
「うん! 楽しみにしてる!」
「ふふ、その時は私が魔法で花火を打ち上げて差し上げますわ」
キャルルさんがニコニコとポテトを頬張り、ルナさんが優雅に謎ドリンクをお代わりする。
ああ、幸せだ。
誰かにご飯を奢るなんて、この国に来て初めてだ。
パンの耳をかじる惨めな夜じゃない。
友達と笑って、お腹いっぱいポテトを食べて、甘いジュースを飲む。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
◇
二時間後。
私たちはドリンクバーでタプタプになったお腹を抱えて、店を出た。
お会計は銀貨2枚ちょっと。
私はレジで、銀貨をチャリンと置いた。
「お釣りはいりませんわ(銅貨1枚だけど)。寄付してくださいな」
店員さんにウィンクをして、私は風を切って自動ドアを抜けた。
夜風が心地よい。
財布の中には、まだ銀貨3枚が残っている。
これだけあれば、しばらくはパンの耳生活から脱出できるかもしれない。
「楽しかったねー! また行こうね!」
「ええ。地上の文化、堪能いたしましたわ」
三人で並んで、夜道を歩く。
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』の灯りが見えてきた。
私のお城。私の帰る場所。
今日は最高の一日だった。
仕事も成功したし、お腹もいっぱいだし、友達とも仲良くなれた。
何の憂いもない。
そう、完璧な一日――。
……ん?
マンションのエントランスに、人影が見える。
街灯の下、優雅に丸テーブルを広げ、ティーセットを並べている女性の姿が。
「あら、おかえりなさい。皆様ご機嫌麗しゅう」
その女性――大家のリベラ様は、聖母のような微笑みで私たちを出迎えた。
手には、分厚い台帳と、電卓。
そして、テーブルの上には一枚の紙が置かれている。
『家賃請求書』と書かれた、死の宣告書が。
「あ……」
私の思考が停止した。
今日が何日か。
そういえば、月末……だったかしら?
「リーザさん? 顔色が優れませんわね。……今月分のお家賃、もちろんご用意できてますわよね?」
リベラ様が、カップをソーサーにコトッと置いた。
その音が、私の心臓を止めた。
財布の中には、銀貨3枚。
家賃は、金貨3枚(銀貨30枚分)。
……足りない。
圧倒的に、足りない。
「ひぃっ……!」
天国から地獄へ。
ドリンクバーの甘い余韻が、一瞬で恐怖の苦味へと変わっていく。
私の本当の戦いは、ここからだったのだ。




