EP 8
太郎の提案と、屈辱のポンポコ節
翌日。
シェアハウスのリビングで、私は魔導通信石の着信音に飛び起きた。
『ようリーザ。元気にしてるか? 朗報だ。仕事が決まったぞ』
画面の向こうでニカッと笑うのは、我らが太郎国王陛下だ。
仕事。
その二文字が、私の脳内でファンファーレと共に鳴り響く。
「し、仕事ですか!? ついに再デビューですのね!」
私は歓喜した。
昨日の肉じゃがで気力は充実している。肌の艶も(パンの耳生活にしては)悪くない。
きっと、私の極貧生活を見かねて、ドームツアーか、せめて屋根のあるホールでのライブを用意してくれたに違いない。
「すぐ行きますわ陛下! 私の歌声で、国民を魅了してみせます!」
私は一張羅のアイドル衣装(少しヨレている)に着替え、意気揚々と王城――の近くにある、太郎陛下の個人事務所へと走った。
◇
「来たな、リーザ。座れ」
事務所に入るなり、ジャージ姿の太郎陛下は私にパイプ椅子を勧めた。
机の上には、みかんのダンボール箱と、一枚の五円玉が置かれている。
「陛下! それで、ライブ会場はどこですの? 国立タロウ・アリーナ? それとも市民ホール?」
「ああ、会場な。ここだ」
太郎陛下は、窓の外を親指で指した。
そこに見えるのは――夕暮れ時の『駅前広場』。
仕事帰りのサラリーマンや、クエスト帰りの冒険者たちが通り過ぎる、ただの雑踏だ。
「……はい?」
「駅前広場。そこの角。人通りが多くて最高の一等地だぞ」
「ろ、路上ライブということですか……? まあ、下積みとしてはアリかもしれませんけれど……」
私は少し落胆したが、気を取り直した。
路上から伝説を作る。それもまたアイドルの物語だ。
「で、歌う曲は新曲ですか?」
「おうよ。俺が徹夜で考えた、魂の楽曲だ」
太郎陛下はニヤリと笑い、一枚の歌詞カードと、机の上の『五円玉』を私に突きつけた。
「これを鼻に詰めろ」
「……はい?」
「だから、この五円玉をな、鼻の穴にこう、グイッと詰めるんだよ。両穴にな」
「はあああああぁぁぁッ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
アイドルの鼻に硬貨? 正気ですか?
「へ、陛下! それは何の儀式ですの!? アイドルに対する冒涜では!?」
「甘いなリーザ。今の時代、ただ可愛いだけじゃ売れねえんだよ。必要なのはインパクト。そして哀愁だ」
太郎陛下は真顔で力説した。
「いいか? お前は貧乏だ。パンの耳をかじり、雑草を食ってる。そのハングリーさを武器にしろ。プライドを捨てろ。五円玉(ご縁)を鼻に詰め、腹を叩いて歌うんだ! これぞタロウ国伝統芸能、『宴会芸』の極意だ!」
「嫌ですわぁぁぁッ!!」
私は絶叫した。
無理だ。絶対に無理だ。
一国の姫として、いや、人としての一線を越えてしまう。
「そうか、嫌か……。なら仕方ねぇな。今月の家賃、払えるあてはあるんだよな?」
「うっ」
「リベラのやつ、最近『マグロ漁船の船員が足りない』ってぼやいてたなぁ……。北の海は寒いぞぉ~」
「…………」
悪魔だ。この王様は悪魔だ。
私は唇を噛み締め、震える手で五円玉を握りしめた。
マグロ漁船か、鼻に五円玉か。
究極の二択。……答えは一つしかない。
「……やりますわ。やればいいんでしょぉぉぉッ!!」
◇
黄昏時。駅前広場。
私は、みかん箱の上に立っていた。
足元には「投げ銭入れ」と書かれた空き缶。
行き交う人々が、「なんだあの可愛い子は?」「撮影か?」と足を止める。
心臓が早鐘を打つ。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
でも、私には背負っているものがある。家賃という名の巨額の負債が!
「き、聴いてください……新曲、『ハゲたぬきのポンポコ節』!!」
私は覚悟を決めた。
右の鼻の穴に、五円玉をグイッと押し込む。
左の鼻の穴にも、押し込む。
変形する美少女の顔。どよめく観衆。
――今だ!
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!」
「♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!」
私はスカートの上から、自分のお腹(空腹でペタンコだが)をドラムのように叩いた。
ポコポコポコ!
やけくそだった。
音程もへったくれもない。ただ、魂の叫びをぶつけた。
「♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~! ソレ! ヨイヨイ!」
一瞬の静寂。
そして――。
ドッッッッ!!!!
広場が爆笑の渦に包まれた。
「ぶはははは! なんだあの姉ちゃん! すげぇ顔して歌ってやがる!」
「体張ってんなぁ! 嫌いじゃねぇぞそういうの!」
「おい、誰か酒持ってこい! 最高のツマミだ!」
酔っ払ったおじさんたちが、腹を抱えて笑っている。
冒険者たちが指笛を鳴らす。
笑われている。完全に笑い者だ。
姫としての尊厳は、今、完全に死んだ。
けれど。
チャリン。チャリチャリーン!
空き缶に、硬貨が投げ込まれる音が響いた。
銅貨ではない。銀貨だ。しかも一枚や二枚ではない。
「元気出たぜ姉ちゃん! これでパンでも買いな!」
「良いポンポコだったぞ!」
次々と投げ込まれるおひねり。
焼き鳥の串、缶ビール、そして現金の山。
「あ……ありがとう……ございますぅ……!」
私は鼻に五円玉を詰めたまま、涙を流して頭を下げた。
屈辱的だ。
でも、この「チャリン」という音は、今の私にとってどんな称賛の言葉よりも美しく響いた。
これが、プロ……!
客を笑わせ(笑われ)、銭を稼ぐ。
私は今日、アイドルとしての階段を、ある意味で一段登ってしまったのかもしれない。
「さあ、二番も行きますわよーっ! ♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン!」
私は涙を拭い、夕日に向かって腹太鼓を打ち鳴らした。
その姿を、遠くからイグニスさんが「すげぇ……」と尊敬の眼差しで見ていることにも気づかずに。
(第9話へ続く)




